”コロチャレ4”

​~青年部三聖地巡拝錬成・特集~

三聖地メモリーズ

「三聖地メモリーズ」とは

各ブロックの青年部OBの皆様、全14名より、青年部三聖地巡拝錬成参加当時の思い出(メモリー)をご寄稿いただきました。

毎月2回の更新日ごとに、お1人ずつ公開していきます。

先輩方のお言葉を読ませていただき、巡拝錬成の色々な魅力に触れ、意義を学ばせていただきましょう!

​毎回の更新を楽しみにしていただければと思います。

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vol.15 青木丈二さん(8/15)

vol.14 椎野真光さん(8/1)

vol.13 荒木常彰さん(7/15)

vol.12 松木賢次郎さん(7/1)

vol.11 廣川剛秀さん(6/15)

vol.10 栁澤誠也さん(6/1)

vol.9 藤原良紀さん(5/15)

vol.8 大木肇さん(5/1)

vol.7 北島鯉紀矢さん(4/15)

vol.6 若井大三郎さん(4/1)

vol.5 土師則昭さん(3/15)

vol.4 長谷浩明さん(3/1)

vol.3 沖本義治さん(2/15)

vol.2 大和田宏治さん(2/1)

vol.1 増永大畑井上

   前青年副本部長(1/15)

vol.15 青木丈二さん

(名古屋第1教区・名古屋百船支部)

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「三聖地巡拝錬成の想い出」

 モバイルサイトをご覧の皆さんこんにちは。この度はこの様な機会をいただきありがとうございます。

 第39回青年部三聖地巡拝錬成が開催され、参加された方は様々な気付きや思い出等ができ、次回の青年講座や青年会で法友に会う楽しみが出来たのではないでしょうか。また、様々な事情で参加出来なかった方も参加された方の話を聞いて次回は参加させていただこうという気持ちになっているのではないでしょうか。この先の青年部活動に期待しています。

 

 私の思い出としては、所属する名古屋百船支部は支部単体で鼓笛隊を編成しており子供の頃から両親や兄と三聖地巡拝錬成に参加しておりました。同じ支部の方と1泊2日、バスの中ではレクリエーションをしたり、旅館では様々なゲームやカラオケなどをしたり、また、青年部になり両親は行かなくなりましたが支部の方々だけでなく教区の仲間や先輩方に良くしていただきとても楽しく自分にとって夏の一大イベントでした。

 また、鼓笛隊としては各聖地以外に伊勢市内や京都でパレードがあり暑さなどで大変でしたが貴重な経験をさせていただいたと思います。

 また、台風で土砂降りの中、開催された年もありました。

 

 初めてお役目をいただいたのは献納のお役目でした。社会人となり仕事で土日が休めなく上司に「2日間休みを下さい」と中々言えず困っていた時、支部の幹事の方から「氏神様へ足を運び、家で天茶供養しなさい。」と言われ、素直に行い、上司にお願いした所、快く休みをくださり、憧れのお役目をさせていただきました。

 その反面、ブロック書記の時、お役目をいただいていましたが自分の努力不足で仕事の調整がつかず欠席した事があります。出発の日、中部道場まで見送りに行きましたが申し訳ない気持ちが一杯で見送った後、涙を流していました。ある方から「過ぎてしまったことは仕方ない。次、同じ失敗をしない様に努力しなさい。」と言われ、気持ちを切り替える事ができ、その後の青年部活動のお役目をさせていただけたのではないかと思います。

 

 様々なエピソードを書かせていただきましたが自分にとっての青年部活動において良い教訓となり自分自身を成長させていただいたのではないかと思います。

 

 最後に、「神の御心に触れ、国のはじまりに思いを馳せ、美しきこころの継承を、金剛さまに誓う」仲間達と一緒にこの先も三聖地巡拝錬成に参加していただけたらと願っています。

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金剛宝塔前にて​

(写真右)

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三聖地巡拝錬成、霊明殿前にて

​(写真、左から3番目)

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御寺泉涌寺にて

(写真右)

vol.14 椎野真光さん

(神奈川教区・神奈川大井支部)

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「三聖地の思い出」

 私が夏の三聖地巡拝錬成に初めて参加させてもらったのは、小学校1年生の時でした。 

 今でも覚えているのは、夜行バスで支部の皆さんと一緒に移動するという経験も人生初でしたし、旅館では母とは別の部屋で、支部の先輩と寝泊まりした記憶は鮮明に覚えています。

 その時に支部班長だった先輩は、今でも支部の幹事の先輩として、お世話になっており、あれから40年以上のお付き合いになると思うと、支部に青年部の先輩達がいることは、本当に有り難い事だなと思います。

 私の初めての三聖地は、長距離のバス移動という事もあり、3日目の朝に旅館のロビーで嘔吐したことにつきます。

 嘔吐してしまったことは、辛い思い出なのですが、その年から大学4年生となる22歳まで、毎年一度も欠かさず三聖地巡拝錬成に参加させてもらえたので、今、人生を振り返ると夏の三聖地巡拝錬成は、一言で言うと私の「財産」です。

 青年部時代には、様々なお役目をさせていただきましたが、中でも一番緊張したお役目は『先達』です。

 結団式のあと最初に参拝する外宮では、先達として正殿の前に立った時は、足がガクガクと震えていて、勤行法則を持つ手も震えていたことは、昨日の事のように覚えています。

 端っこに整列している、参加者にも声が届くかどうか心配で、これ以上ないくらいの大きな声で先達をさせていただきました。

 外宮参拝後に一緒に同行して下さっていた岡野理事長先生より、「気合いが入った良い声でしたね。」と一言お声をかけていただてからは、不思議と緊張もほぐれて、御寺泉涌寺まで大きなミスもなくお役目に使っていただけた事が、今では良い思い出です。

 お役目は尊いと良く言われて来ましたが、中でも三聖地でのお役目は特別な物があったと感じています。

 今回、初めて参加させてもらう次男の付き添いとして、どういう気持ちを息子が抱くのか、わくわくした気持ちと、行程中に熱中症にならないかという心配な気持ちが入り交じっているのが正直な心境です。

 両親は、毎年このような複雑な気持ちで三聖地に送りだしてくれていたと思うと、ずっと参加をさせてもらえた事は感謝しかありません。

 いよいよ、今月5日からは錬成本番です。青年本部役員の皆さんが、全国の青年部員の皆様とともに、一生懸命につくり上げてきた集大成が、この青年部三聖地巡拝錬成で無事に完遂されることを心から祈っております。

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金剛宝塔前にて​

(写真右端)

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本部会学習で参拝した靖国神社にて

​(写真前列、左から2番目)

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大祭にて

(会旗捧持のお役目)

vol.13 荒木常彰さん

(群馬教区・群馬水上支部)

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「成長させてくれた行事…

      三聖地巡拝錬成」

 まず、三聖地巡拝錬成を一言で表すなら私自身を大きく成長させてくれた行事です。振り返ってみれば、幼少期は当時青年部役員であった父に連れられ、何もわからず参加していました。印象深く覚えているのはバスの補助席の下(通路)に新聞紙を敷き寝かされたこと位でしょうか? しかし、年齢を重ねる中で少しずつではありますが、同世代の参加者との交流などが有意義な時間となっていったような気がします。もちろん聖地の尊さや有り難さなどわかろうともせず、ただただ毎年恒例の旅行気分での参加が何年も続きました。

 大きな転機となったのは、やはりお役目をいただいてからでした。青年部活動に取り組む中で、なんだかわらないけど物足りなさを感じていました。それまで聖地の尊さなど理解しようともせず、参加していただけなのに何故だかふっと…。物足りなさの理由は三聖地巡拝を通しての学びではないかと思うようになりました。

 三聖地巡拝って何なんだろう?金剛さまは何故私たち会員に三聖地巡拝を遺されたのだろうか?何故尊いのだろうか?こんな疑問を抱いたことで初めて三つの聖地に正面から向き合うようになりました。

 諸先生、諸先輩から色々な話を聞き、書物を通して自分なりの学びを深める中で、金剛さまの想いに近づく努力をさせていただきました。すると自然と日本人として産みなされたこと、ご皇室を中心とした我が国の国体、それらに心底からの感謝の気持ちが湧いて出てきたのです。同時に少しずつでも恩返しをしていかなければならないと思えたのです。私の中で「み教え」に自ら向き合うことが出来た原点であります。

 そして青年部最後の年の巡拝錬成では実行委員長という大役を仰せつかり、特に橿原神宮内拝殿においての玉串奉奠では空気が張りつめる緊張感の中、生涯忘れられない貴重な体験をさせていただきました。また、巡拝錬成締め括りとなる金剛宝塔での青年部綱領では参加の全国青年部の熱き思いを背中に受け、自然と涙がこぼれたことを思い出します。

 三聖地巡拝錬成を通して、多くのことを学ばせていただき、人として大きく大きく成長させていただいたように感じます。何もわからなくてもいい…旅行気分でもいい…ただただ聖地に足を運ばせていただけることがありがたく、大切なのではないかと思います。皆さんもいつの日か、その体験が自分の糧になっていると感じられるでしょう。

 私自身お役目を通して少しずつでも恩返し…という気持ちで長年に渡り、青年部でもお使いいただきました。また、現在でも微力ながらお使いいただけている原動力は、このような体験がすべてだと思います。生涯をかけて、恩返しの行は続きますが自分なりに精一杯お使いいただくことをお誓いすると同時に現役青年部の皆さんのご活躍を心より祈念し、いましかないチャンスを逃さないで…そんなエールを送ります!

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vol.12 松木賢次郎さん

(名古屋第1教区・名古屋高蔵支部)

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「三聖地巡拝錬成は今日の私の礎」

 青年部モバイルサイトをご覧の皆さま、こんにちは。

 この度は、このような機会をいただきありがとうございます。

 私は結婚と同時に解脱会に入会しましたので、子供の頃から毎年三聖地巡拝錬成に参加していた、という経験はありません。私の三聖地巡拝錬成は、常にお役目で参加し皆さんをお迎えする側としての思い出ばかりです。今思えば有難い経験で、現在の私の基礎を築いてくれたと言っても過言ではありません。しかし当時は仕事がとても忙しく、休みを取ることも大変な中でのお役目でしたので、辛く半ば強制的だとさえ感じていました。

 モバイルサイトにもある「三聖地巡拝錬成の学習資料」の作成に携わったり、「進行」のお役目をいただくなかで先輩と意見が合わず揉めたり(笑)、大変なことも多かったですが、毎回帰りのバスの中では達成感と安心感から食事もせずに疲れ果てて寝てしまっていたと記憶しています。

 皆さんの中には、当時の私と同じようにやらされ感で本来の目的を見失っている方もいると思います。時を経て今私が思うことは、お役目は有難く、未来の自分への貯金であるということです。お役目といっても班長や副班長、教区役員ということだけでなく、大切なのは、自分自身の持って生まれた「お役目」に気づきそれに向かって努力することが人として生きる道だと思います。世の中では、「ありのままの自分で」とか「自分らしさを大切に」などよく耳にしますが、あるがままの持って生まれた自分の役目に気づいて生きることこそが、自分を大切に生きることだと、私は青年部のお役目を通して感じました。

 皆さんも是非、三聖地巡拝錬成に仲間と共に参加し、自分の「お役目」を発見し、自信を持った人生を歩んでいかれることを願っています。

 最後になりましたが、地域の先輩の皆さま、青年部員のご家族の皆さま、三聖地巡拝錬成に一人でも多くの方がご参加いただけますようお力添えをくださいますようお願い申し上げます。

vol.10 栁澤誠也さん

(甲信教区・長野下諏訪支部)

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「三聖地巡拝錬成の思い出と想い」

 

 私の三聖地巡拝錬成の思い出では、やっぱり暑いけど楽しかった事です。

 初めて参加した時は小学生の時でしたが、伊勢神宮、橿原神宮、御寺泉涌寺がどんな所なのかも知らず、ただ印象としては伊勢神宮は眠い、橿原神宮は暑い、御寺泉涌寺では金剛宝塔の前でお誓いする人は凄いなと思う位でした。

 でも宿泊する旅館で、一緒に参加していた兄とゲームコーナーに行って遊んだのがとても楽しくて、その時にまた来年も三聖地巡拝錬成に参加しようと心を決めました。それからは、少しでもお金をもらうと、これは三聖地巡拝錬成の時のお小遣いにすると貯めるようになりました。

 また、旅館で兄弟以外のお兄さんお姉さん達とトランプなどのゲームをしたり怪談を聞いたりするのは、学校の友達だけでは味わえない楽しさが有り、ここで色々と覚えて、それを学校で披露するのが自慢であり楽しみでした。

 そんな中、兄が献納のお役目をいただき、それを見たら凄くかっこよく見えて、自分もやってみたいなと思うようになりました。それから自分も横断幕やパレードの青年部旗のお役目をいただくようになって、一参加者でただ見てる側から見られる側になって、恥ずかしながらも周りからご苦労さんと声をかけてもらえて嬉しかった事、そして自分も献納のお役目をいただいた時は、あのかっこよかった兄と同じ事をしているんだなと感動して参加した事を覚えています。

 やはりお役目は良いなぁ、有り難いなぁと思います。お役目をいただいてから三聖地の事を知るようになりましたし、三聖地巡拝錬成の事が好きになったと思います。

 また、これは三聖地巡拝錬成ではなかったですが、三聖地巡拝錬成を復活するにあたって青年本部で三聖地を参拝した時に私は国旗のお役目をいただいて、そして橿原神宮を参拝していた時に小学生の男の子達がいたのですが、その中の一人が国旗を持っている私に向かって姿勢を正し頭を下げ敬礼された時に、この男の子は凄いなと感動したのと同時に私はこの男の子より国旗に対する敬意がなかった事に気付き恥ずかしく思いました。それから国旗に対する想いを変えてもらえました。よく私の父がスポーツなどの日本代表を応援するのに国旗にメッセージが書いてあるのを見て、あまりやってほしくないなと言っていた事が国旗に対する敬意の事を考えると理解出来るようになりました。

 お役目をいただく事で改めて自分の考えを見つめ直す事もありますので本当に有り難いです。ですので、ぜひ皆さんも積極的にお役目を受けていただきたいし、お役目を楽しんで下さい。

 

 また、私の父は生前、神主をしていましたが、よく神社というのは、子供にとっては親しむ所、大人にとっては敬う所と言っていましたが、三聖地巡拝錬成も同じではないかと思っています。子供は三聖地の伊勢神宮、橿原神宮、御寺泉涌寺に親しみを持ってもらう、そして三聖地巡拝錬成にも親しみ持ってもらい、更に解脱会自体に親しみを持ってもらえたらと思います。ですので、青年部役員や大人の人達は、三聖地巡拝錬成でも子供達を楽しませる努力をしていただき、自分達は三聖地を更に敬えるようになっていただきたいです。

 

 以上で三聖地巡拝錬成の思い出と想いでした。

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vol.9 藤原良紀さん

(兵庫教区・兵庫滝野支部)

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 今回モバイルサイトを通じて、沢山の諸先輩方がおられる中でこの様な機会をいただけた事に有難く感謝の思いで一杯です。ありがとうございます。

 私が三聖地巡拝錬成に初めて参加させていただいたのは小学校6年生に当時所属させていただいておりました広島県の可部支部の青年部の先輩方からのお誘いがあり初めて弟と一緒に三聖地巡拝錬成に参加させていただきました。

 初めて参加させていただいた時は青年部のお兄さん、お姉さんを始め皆さんが優しくして下さり各聖地の素晴らしさより、親元を離れ青年部の皆さんと宿泊した旅館の事や、道中のバス内でのバスレクの方が楽しかった事を今でも覚えております。

 初めての参加から始まり毎年の夏の恒例行事の様に三聖地巡拝錬成に参加させていただきました。

 青年部員になり明石相生支部(現兵庫滝野支部)に所属支部が変わってからは自分より下の小学生や中学生の子供達と一緒に、自分が初めて参加させていただいた時と同じ様にバスレクや旅館を楽しんだり、夏の暑い時の参拝の為、参道を行進させていただく時の列の乱れに気を配ったり、気分が悪くならない様に見てあげたりと学校では教えていただけない事を学ばせていただきました。

 今ではなかなか出来ませんが、当時一度だけ京都市内の道路の一部を通行止めにしてパレード行進をさせていただきました。ただ上下白色の服装で行進させていただいた時の周囲の目には本当に恥ずかしかった事を覚えております。

 

 一番の記憶に残っている事が、毎年の様に参加させていただいたある年の伊勢神宮での参拝時の事ですが、朝6時台の早朝の参拝をさせていただくことになり、太神様のお社へ行かせていただく時に参道の木々の間から差し込んだ優しい太陽の光が、外の空気とは全く違う、神秘的な光であり、空気間を感じさせていただいた時に、「ここはホンマに神様がおられるわ」と心から感じさせていただき鳥肌が立ちました。

 

 青年部役員にお役目をいただいてからは各教区の部長さんとお誘いや色々な計画を考えたり、参加された皆さんを乗せた各バスが到着する前に現地でバスを誘導する「先発」という裏方のお役目をいただいたりして勉強をさせていただきました。

 私が青年部の先輩方からお誘いをしていただき、三聖地巡拝錬成に参加させていただいた事がきっかけで学校では学べない経験をさせていただけ、今でも繋がりのある多くの仲間と知り合えた事、それがその後の青年部のお役目に繋がり家族もいただけた事など、今の私がいるのは全て三聖地巡拝があったお蔭であり今思えば「私の人生のターニングポイント」だったと言っても過言ではないと思います。三聖地巡拝錬成への参加の意思は皆さんの想い1つです!

 多くの仲間と共に、また次世代の子供達と共に自分自身を変えてみたければ、成長に繋げて行きたいと思うのなら参加してみて下さい! 決して損はないと思います。

 今後の青年部の皆さんの各教区の御発展と御活躍を期待しております。

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vol.11 廣川剛秀さん

(東京第1教区・南新宿支部)

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「いかなければわからない」

 

「聖地に浸らせていただくことが大切だ」との金剛さまのお言葉から、思うと自分にも少し感じ取れる事があったなと思います。

 

‐勝手な廣川エッセイ‐
 

〇朝もやの外宮の玉砂利を歩く響きとあの空気に何故か感動と喜びで涙が溢れてきます。
 

〇豊受大神の拝礼で四拍手が揃うとき何故か感動で言葉が詰まり祈願文を言えない時があります。


〇宇治橋の参進で五十鈴川と向こうに映る神路山の木々の風景に神秘を感じる事ができます。


〇外宮同様、内宮参道の玉砂利を一歩一歩踏みしめる度に日本人で良かったなと肌で感じることができます。
 

〇古杉から差すあの光が大地を照らす情景を見るとき、2千年前から変わらずここにあることに感動します。
 

〇天照大御神の御前で自分事など祈れるわけがないと感じるのは、神秘さを通り越した偉大で包み込むような力を感じ「生かされいる」と言葉があふれ出て、その宇宙に触れているとの実感が魂に響き渡るのが感じ取れるからだと思えます。
 

〇橿原神宮、あの灼熱の暑さから出た汗さえも拭うことを忘れてしまうほど、大きな鳥居の向こうからそのパワーを感じるときがあります。
 

〇神武天皇の建国のご精神が今でも連綿と続いている日本国に感謝させていただくと、自然に、皇紀2682年をこれからも三千年、四千年と繋いでいくのは今ここにいる自分自身なのだと決意と勇気が湧いてきます。
 

〇大門の坂を下りながら仏殿を見るとき、この自然の中に調和した伽藍と風景に鳥肌が立ってきます。
 

〇三聖地巡拝錬成終盤、歴代天皇皇后への参拝をさせていただくとき、報恩感謝という文字が勝手に表れ、頭から離れません。


〇泉涌寺の拝跪聖陵のこちら側に来れたことは、金剛さまをはじめ草創期の先生方々のお蔭様と思う時、会員としての喜びを感じ取ることが出来ます。
 

〇宝塔前で最後の感動。「護持し奉らん」との決意が自然に出てきます。

 

〇小さい時、あの格好いい頼りがいのあるバス班長さんにあこがれて自分も青年部に入ったな・・・。
 

〇あの国旗を持って行進していた人本当にかっこよかったな。
 

〇鼓笛で京都市内丸山公園から駅までパレードをしたとき、小さいながらも最後まで頑張った記憶がよみがえります。
 

〇暑い中体調を心配してくれた係の人。思いやりを感じました。
 

〇人を楽しませようとバスや宿で頑張っている役員に心を打たれました。
 

〇3歳から行っていた家族旅行が三聖地巡拝錬成だったので、これで育ってきたのかなと両親に感謝します。
 

〇宝塔前、兄弟全員でお誓いした事は今でも忘れません。
 

〇三聖地巡拝錬成が無かったら今の自分は無かったと今つくづく感じています。

 

みんなであの感動と共に「聖地に浸りませんか?」

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vol.8 大木肇さん

(神奈川教区・小田原城山支部)

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「父の背中と私を成長させてくれた

         三聖地巡拝錬成」

 

 世界中がコロナ渦で大変な状況の中、解脱会青年部最前線で活躍されている事に対し心から感謝いたします。

 仕事、学業等の都合で対面で参加できない部員さんも居る中で オンラインでの青年会 青年講座やZoom等を使い 学びを止めない機会を設けていただき感謝しています。

 私は今、教区出講員 支部青年部担当にお遣いいただいております、1989年支部副班長(当時19歳)2012年まで青年部役員(青年本部役員8年間)にお遣いいただいていました。今でも私なんぞが使っていただき、有難く勿体なく痛感しており感謝で一杯です。

 この度、三聖地巡拝錬成に参加したくなるような 前向きな明るいエピソ-ド!と依頼をいただき、自分の当時を振り返りながら、役をいただくことの有難さをお伝えできればと思います

 

 私は、小学3年生より三聖地巡拝錬成に参加しました。まず私の家の父は解脱1世で、母と結婚、祖母の強い思いで入会し、神静ブロック役員までお遣いいただきました。非常に厳しく、私は中学時代は学びが浅いので格好悪く感じたり、青年会・青年講座をサボったりしました。そんなことで、父によく殴られました。笑 当時は理不尽に感じ、『学校を出たら、こんな家出てく!』と思っていました。

 

 父は役員時代、三聖地参加に繋げるために、御霊地、氏神様でお百度を行い、青年会、教区青年会、青年講座、他の支部のお誘いの応援等で、私の学校行事にも来ず、殆ど家に居ませんでした。 

 ある時、何でそこまでするのか?と恐る恐る訪ねたことがありました。 

 

 父は・・ 『金剛さまのお蔭様で私たちは尊い法志天思難報(ほうじても ほうじがたし)日本の大きな父さん母さんの様な聖地に、金剛さまと共に足を運べる。部員さんが参加される事により御先祖様にも参加することが出来る。先祖も聖地に触れることで感謝や過去の過ちに気付ける。霊格が高まる。だから今は深い意味は分からなくとも一人でも多くの方に、幸せになれる様、日々の学びと三聖地に足を運んでもらいたい!』と話してくれました。 

 父の思いを聞いたその年の三聖地巡拝錬成。出発地小田原駅、バスに乗り込む参加者、見送りの会員さんから父が大勢の方に『大木さんありがとう!!』と声を掛けられている。いつも厳しい父が照れくさく嬉しそうにしている姿を何だか誇らしく思いました。 

 翌年の夏、父に騙され御霊地で当時開催されていました一週間の中学生研修に参加。こちらで一生付き合える全国の仲間に出会い、三聖地巡拝錬成で研修仲間に会うのが楽しみになり、父の作戦にまんまとハマりました~。笑

 

 私はと言うと、高校卒業後何となく就職、学業を疎かにしていましたので 読み書き、理解力、伝える能力が乏しく、将来の目標も無く、支部副班長の役目が重荷で青年会でのディスカッションなど苦手でした。でも講座に参加すると他支部の先輩と親しくなり、分からないこと、困っていることを学びを通して指導いただきました。 

 足りないながらも、誰とでも自分から話しかける、ワイワイするのが好き、人と人とを繋ぐ事が好きになりました、そんなんでお誘いが大好きになりました。青年部活動で経験を積み、仲間を思いやる習慣を身につけることが出来るようになりました。今思うと有難いです。

 

 そんな私の三聖地の思い出は、支部班長時代に外宮出発宣誓のお役目にお遣いいただいたことです。

 

 目立ちたかった、と思います。
 推薦されるにはと日々の活動を大事に、青年講座、支部青年会、支部こども会、一生懸命お誘いしました。支部長先生始め諸先輩方の協力もあり、当時の議長さんの『宣誓お遣いいただきたい人~!』に堂々と手を上げたのを覚えています。

神静ブロックの先輩や仲間は、個性豊かでム-ドメ-カ-揃いなのに、全国行事になると他教区の影に隠れてしまう。笑 神静の空気を変えたいとも思っていました。 

 

 お役目が決まり当日、なんと台風接近。外宮の木々は大きく揺れる中、結団式が行われました。法主様、本部長、宮司様挨拶と進み出番が回ってきました。雨風が次第に強くなってきました。

 何度も家で練習していたのですが出番までもの凄く緊張致しました。そして拡声器のマイクが近づいてきました。

 般若心経と神輿で鍛えた声と、目立ちたがりの自分は『声の大きさには自信があります、マイク要りません!』と司会に伝えました。今思えばその時の司会者は、鳥越支部支部長 坂崎先輩でした。

 

 宣誓~!・・・・ 一瞬雨風が止まったような、自分の声も良く響いたと思います。嬉しくて何とも言えない充実感 “良し行くぞ~!”って思っていただけたかなぁ~? と心配もしました。笑

 結団式終了後、本部役員さんに囲まれ、笑顔で『良くやった~!』と握手されました。また、その日の夜は旅館で皆さん 喜んでくれて胴上げしてくれました。笑 そして神静ブロック目立ちたがり屋の仲間が増えました。
 

 何の取り柄も無い自分がお役目をいただき、青年部活動を通して少しずつ経験を積ませて貰いました。まさかの青年本部会にまで使ってもらいました。

 

 父から受けたバトンは、私から支部班長の娘へ・・学びを通して役目をいただき少しでも人の為に! 出来ない心配より、やってみてから考えよう! 行動あるのみ。年取ってからの失敗も良し! 

 コロナの状況もありますが、当日まで、礼節を践み、天茶と御神宝いただいてください。三聖地巡拝錬成完遂祈ります。

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vol.7 北島鯉紀矢さん

(九州教区・大分城原支部)

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「青年部三聖地巡拝錬成回想録」

 

 私が初めて青年部三聖地巡拝錬成に参加したのは、今から約30数年前の事でした。

 縁ありお誘いを受け当時は何も考えずに何となく参加し、三聖地の何たるかもわからない状態での参加でした。

 当時の九州ブロックというと、東地区・南地区・北地区の三地区よりバス2台多い時で、バス3台を出し、さらに今の九州ブロックでは考えられないことですが、鼓笛隊もあり大所帯での参加でした。

 その後続けて参加をさせていただき、伊勢神宮・橿原神宮・御寺泉涌寺の三つの聖地の事を学び知っていくにつれ、金剛さまの偉大さが少しづつ身に染みてきました。

 金剛さまのみ教えを学びそして三聖地の意義を知る機会を得ることができた事は日本人としてとても大切な事であり、恐らく私は解脱を学んでいなければこの大切な事を一生知らないままで終えていた事と思います。毎年8月になり三聖地巡拝錬成が近づくと、金剛さまの偉大さを改めて実感する様になりました。

 その様な私もバス班長のお役目にお使いいただくお運びを頂きました。

 当時の青年部の仲間とお誘い活動や、備品のチェック・聖地までの行程を確認し、役員及び参加者の動きのシュミレーション等を何度も行いました。

 今の様に携帯電話は無く、お誘いは古い言葉ですが「一文3テレ」(お誘いの手紙を送り最低3回は電話をかける)の時代でした。

 青年部員の自宅に直接電話をかける為、何方が出るかわからないのでドキドキしたことを覚えています。また家庭訪問と称し、青年部員の自宅を訪問した事もありました。(出かける前には支部にてご挨拶をし、訪問先のご先祖様のご供養を行ってから出かけました。)

 玄関先で追い返されることもありましたが、快く受け入れていただけるご家庭もあり、今となっては良い思い出となっています。

 三聖地当日まで様々な準備をさせていただき、時には夜遅くまで準備を行う事も多々ありました。準備に精一杯お使いいただいたその年の三聖地巡拝錬成は、今まで参加した三聖地巡拝錬成とは何かが格段に違った感じでした。

 各聖地に出させていただき感じた事は、空の青・木々の緑・聖地の建物が相まって、何とも言えない情景が目に飛び込んできました。

 そして泉山での行事が終わり、金剛宝塔への最後の上り坂道で、涙がとめどなく溢れてきました。何か身体の奥底から湧き上がるものがあり、心が躍ると言うか躍動する感じを受けました。この体験から四半世紀以上経っていますが、未だにその感動は覚えています。

 一時期様々な理由により青年部三聖地巡拝錬成が途絶えた時期がありました。その当時は青年本部会メンバーでもあり、何度も議論を繰り返しようやく青年部の三聖地巡拝錬成の復活が解脱会本部で認められました。それが今日の二年に一回開催される三聖地巡拝錬成として、今に至っています。青年部の皆さん、どうか一人でも多くの方が青年部三聖地巡拝錬成に参加していただき、日本人としてご皇室を尊崇する念を再確認していただきたいと心より願っております。

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vol.6 若井大三郎さん

(四国東教区・徳島鷹匠支部)

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「三聖地で無限大の感動を!」

 

 青年部モバイルサイトご覧の皆様、こんにちは。

 四国東教区の若井大三郎です。2010年まで青年部のお役目にお使いいただいておりましたが、私の三聖地巡拝錬成について少し振り返ってみます。

 幼少期最初に記憶にあるのは小学生の低学年の頃で、両親や姉弟、支部会員さんと一緒に参加していました。徳島からは全工程バスで移動、車中では中々寝むることも出来ず、地べたに新聞をひいて寝ていたのを思い出します。伊勢神宮外宮に到着すると白づくめの人達と参加者人数やバスの多さにびっくりしましたが、参進している時のお兄さん・お姉さんたちのカッコいい姿に少し憧れていました。小学生の頃は三聖地の意味や目的は何も考えておらず、京都の夜に母親にお土産やおもちゃを買って貰える唯一の家族旅行的な楽しい思い出です。当時は四国教区にも鼓笛隊がありましたので私は鍵盤ハーモニカを演奏して参加していました。特に京都市内のパレードの際は、周りの景色や沿道で応援してくれる人たちが気になるし、演奏しながら先輩たちに付いていくのにも必死でした。

 そんな夏の三聖地巡拝錬成も休止期間はありましたが、平成22年に再開となります。再開に尽力頂いた先生方・先輩たちには感謝しかありませんし、2010年度実行委員として、また三聖地での先達にお使いいただけましたこと、仲間と心から感動したこと、大切な思い出です。

(皆さんのお役目や行事に対する情熱が熱く、大きいほど感動は無限大です!)

 

 四国東教区では、昨年より三聖地巡拝錬成がスタートしています。

 2021年8月28日、29日、西日本ブロック青年部セミナーが九州熊本県の幣立神宮・解脱会阿蘇布教所で開催されました。令和4年度青年部三聖地巡拝錬成にむけた決起集会、そして神武天皇の建国の精神である八紘一宇(全世界を一つの家(家族)のようにすること)の御心を心と身体で学び、国土の大御恩、社会の恩を心に持てる、また恩に報いる若者たちを育て、増やしていこうと取り組んだセミナーでスタートを切っています。

 九州幣立から伊勢神宮・橿原神宮・御寺泉涌寺へ。

 そして8月7日の三聖地巡拝が終わった後からが本当のスタートだと。

 神の御心に触れ、国のはじまりに思いを馳せ、そして恩に報いる実践行を行う。

 皆さんの成長とこれからの活躍に期待します。

 

 最後にこの巡拝が参加者全員にとり最高に素晴らしい気づきの場となり、社会や支部、また青年部活動でさらに活躍できる人材となりますよう祈念します。

 心をひとつにして向かわせていただきましょう。

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西日本圏域担当の宮原布教本部員

(写真右)との記念写真

vol.5 土師則昭さん

(九州教区・大分東支部)

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「三聖地巡拝は、心学びの原点」

 

 私は、解脱1世です。今年で入会27年になります。阪神淡路大震災の年に友人を通じてご縁を頂きました。青年部活動へは、仕事がサービス業で2年後に入会させていただきました。青年部に入ったきっかけは、熱心な女性部長や先輩方のお誘いがあったからです。その頃は営業成績が悪く悩んでいたころに役目のお誘いだったのです。偶然、青年部長さんより再度お誘いされた時に、もちろん仕事の事もあってお断りしたのですが、偶然、居合わせた支部長の一言で「君は、役目の縁を断っているけど、仕事の縁も断っているんだよな、その気持ちでは、仕事は続かないよ、天職だから」ドキッとして青年部副班長を受けてしまいました。

 三聖地巡拝の参加のきっかけは、あのころは、九州にも鼓笛隊があり2・3時間かけて隣の県に九州の皆さんが集まり三聖地の演奏練習をしていました。私も運転手で参加するだけでいいと先輩から言われていたのですが議長さんに挨拶した時にいきなり「献納のお役目して」と言われて「ハイ」と言ってしまい何も解らず受けてしまいました。それから会社に休みを頂くための葛藤の毎日が始まりました。当時は宗教行事などで会社を休む事は、大変だったと思います。勿論、先輩にも相談したのですが、「あんたが3日間会社を休んでも会社は回るよ。役目で会社を辞めるのではなく、会社を発展させ、信頼させるぐらいになりなよ」と言われたのです。

 どうしたらいいんだろうと悩んでいた時に、女性の青年部OBの方から会社が終わったら支部においでと言われて行くようになりました。21日間支部で「行」しようと言われたのです。

 それから仕事が終われば支部行くとお浄めと天茶供養は、縁ある取引先や従業員の供養と支部青年部員各家の供養です。OBの方から「供養は人と共に養う精神、お浄めは、清まる事は、大事やけど心を静めていく精神になれるように努力よ、もう一つは、1日と15日は、住まいの氏神さんに行くのは大事やけど会社の氏神さんにも足運びをするよ!縁あるみなさんの幸せを祈り代表として三聖地に行かさていただきます」とアドバイスいただいたのです。もちろん、21日間に支部に足運びする事で、支部長に話を聞き、支部青年部員各家の供養札の申し込みと萬部供養の会社従業員各家や会社取引先や社長にもさせていただくのだと指導いただき「金剛さまの残されたものに触れて行くんだよ」と学びの大切さを感じました。

 それから21日間の終了後に会社に休みのお願いを出したのですが、3日間の休暇はもらえず、なんと2日間の休暇しかもらえなかったのです。三聖地の参加は無理だなと諦めていた時に、先輩から2日間の休みをもらえる事はありがたい、滋賀の栗東SAの駐車場でバス待つから、そこまで来るように考えて、と言ってくれました。

 お蔭様で前日に会社を定時で早めに切り上げて、フォバーや飛行機や電車で乗り継いでバスに合流できたことが有難く思いました。

 でも、三聖地初参加の中、バスに合流したものの栗東SAから伊勢神宮まで緊張していて眠れないこともあり、初参加の三聖地当日の日は、台風の中、巡拝した思い出があり、ずぶ濡れで、三方にのる感謝金の重さや外宮で靴が滑ってこけてしまい申し訳なく思いました。内宮でも用意された三方が強風で飛んで割れて、準備に時間がかかり、青年部巡拝団の到着ギリギリに献納準備ができ、大変だった思い出があります。もちろん、そのあと青年幹部の方から有難い指導をいただきました。橿原神宮では、台風の強風の中、バスが駐車場に到着した後、雨の中、駆け足で社務所前まで走っていき、献納担当者の方から、橿原神宮の本殿に入られる事は、有難い事です、頑張りましょう、と激励があり、献納させていただいたことが有難く思いました。そして、夕方、京都泉山に到着した時は、霊明殿や金剛宝塔の献納を終えた時、青年幹部の方から有難い言葉をいただき、何故か涙が胸にこみ上げる喜びを感じました。

 初めて聞く青年錬成歌や鼓笛隊の演奏に励まされた三聖地の参加だったと思います。

 宿泊するホテルに帰って聞いた時に、台風の中で第1団の巡拝は出来たけど、第2団は、橿原神宮の参拝終了後、名神高速道路が通行止めになったとの話でした。

 この次の年は、青年部三聖地巡拝は最後の年になりましたが、また、献納のお役目をいただき、参加した思い出は、忘れられない思い出になりました。

 でも、三聖地から帰ってから支部に行き修法を受けると、先祖が私に伝えた事は、「生前に埼玉の方で娘が就職したおり、解脱会の縁を反対してしまい、結ぶことが出来なかったが、亡くなって霊界に行くと縁を断った方から天茶供養と萬部供養を受けていたので、子孫と共に金剛さまに縁の御礼に行けた事の喜び」を伝えてくれたのです。」そのことを家に帰って母に確認すると、私が4歳の時に埼玉の方が訪ねてきて仏壇に感謝と書いた封筒を置いてあったそうです。

 今思えば、祖父も父も、宗教は嫌いで、私も幼いころから父から「人は信じるな」と言われて育ちましたから、親に対して不平不満を平気で言う私でした。その頃は家庭内がギクシャクしていたので、家族みんなが背中合わせだったと思います。

 母も、私の病気や家の改革が出来ないかと思い悩んでいた時に私の解脱会入会に喜んでくれ、応援をしてくれ、兄弟や親戚を導けたのです。でも家に気を使いながらの青年部行事や支部行事の足運びでしたが、参加する中に先輩たちの支えや法友を通じた勉強や先生などから「君のところは、本末転倒の家だ。解脱の教えは、100年かかるよ。」「兄弟を導け。」と言われた時、時間が経ち気づいたのですが、子から親に伝えるむずかしさや一人学びから家族学びの大切さを伝えていただいたのです。青年部行事に参加する中、親から子に伝わっている青年部2世、3世の素晴らしさや羨ましさがあり、私が法友と学べた事が感謝だったと思います。

 時が経ち、私の父や母も年をとり介護が必要になり、父母の恩の有難さを実感しています。家庭をもち子供を授かり、親孝行ができた事は有難く、支部行事や青年部役目を通じて家庭の大切さに気づかせていただいた事を有難く思う日々です。

 私にとって、三聖地巡拝の初参加が心学びの原点であり、先輩たちのお導きの大切さや思いやりに触れた事が青年部の役目が最後の時に、10年ぶりに復活した三聖地巡拝では、先輩方から学んだ経験やお誘いなどに繋がり、九州教区各支部の支部長さんや会員さんや青年部員さんたちの協力で目標人数40名の達成が出き、バス1台で参加できたことが忘れられない思い出になりました。

 この度、モバイルサイトの依頼をいただき有難く思います。私も10年前に青年部を卒業して何を伝えていいか迷いましたが、三聖地に初参加した時の体験と先輩方から学んだお導きの大切さを伝えさせていただきました。今、コロナ過の中で青年部活動も大変だと思いますが、青年部活動で学んだことは、必ず社会生活に役に立っていきますのでお互いに頑張りましょう。このたびは、お使いいただき有難うございました。

バスの中(最後の三聖地).jpg

​バスの中

金剛宝塔前(最後の三聖地).jpg

金剛宝塔前

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献納

vol.4 長谷 浩明さん

(大阪教区・大阪瓦屋町支部)

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「三聖地巡拝錬成の思い出」

 

 今回このような機会をいただき、ありがとうございます。

 私よりも三聖地巡拝錬成でご活躍された方々は大勢おられる中で、お役目をいただきまして大変恐縮しつつ記載させていただきます。

 

 この機会をいただき、三聖地巡拝錬成についての記憶をたどると、最初は小学生のころに5才上の姉に連れられて参加したことを記憶しています。そのころは三聖地のこともわからず、親元を離れ伊勢の宿で宿泊したり浜辺を散策したり、花火やバスレクが楽しかったりしたことを覚えています。

 

 次に印象に残っているのは高校生になり、座談会の会場主さんが親戚であったこともあり三聖地に人を誘って参加してほしいとお願いされて、簡単に返事してしまい、高校の同級生4人を三重と奈良と京都の旅行に行こうと誘い参加してもらったのですが、私自身まだ、そのころは三聖地について尊い所くらいしか理解できておらず、うまく説明することもできないまま、友人たちに参拝してもらいましたが、尊さをわかっていないままでしたので、参拝の途中で暑いとか、時間かかりすぎとか不平を言わせてしまう結果になりました。友人たちもそれなりに楽しんでくれたのですが、最初にきちんと説明できていたら、また違う形になっていたのではないかと反省しています。

 

 その後、青年部のお役目をいただき、お誘いする側になって、この時の経験を活かして自ら三聖地について学び、お誘いする際も先方にご先祖様によくご挨拶し、ご供養をさせていただき、声掛けをさせていただくようにしました。それでも参加していただけないこともありましたが、良いお返事をいただけた際は余計にうれしく幸せな気持ちになれたのを覚えています。

 

 もう一つ印象に残っているのは、私が青年部長のお役目をいただいていた時に、ちょうど台風と重なり、聖地での参拝が青年部長以上の役員による代表参拝になったことでした最初は中止になるのだろうと思っていましたが、代表参拝になり、暴風雨の中、青年部長以上の役員が1つの隊を組んで参拝させていただきました、最初はなんでこんな状態で、と思いましたが、行進して参拝させていただく中で、私たちの先人の方々はもっと厳しい、数々の試練のなかで努力されて、今の日本を築いてこられたのだ、との思いがこみ上げてきて、その有難さに熱いものがこみ上げ、涙を流しながら参拝させていただいたのを今でも鮮明に記憶しています。決して、ずぶ濡れになるのが嫌での涙ではありません(笑)

 

 一般での参加も良いですが、お役目をいただき、先方のご先祖様に礼節を尽くし、自らの言葉でお誘いする。また錬成中も参加者のことを気遣いながら、お世話させていただきつつ参加させていただく三聖地巡拝錬成は、さらに素晴らしいものです。

 お役目のお蔭で、三聖地についての学びを深め、お誘いする勇気を奮い立たせ、人のために働く心地よさを味わえる、素晴らしい機会ですので、青年部のみなさんは何かしらのお役目をいただいて参加してみてください。

 

 大阪教区では、今役員をしてくれている人たちは、三聖地巡拝錬成に参加したメンバーがほとんどで、三聖地巡拝錬成の大切さを改めて実感している次第です。一昨年、昨年は開催できませんでしたが、今年こそはしっかりとお誘い活動をして、たくさんの仲間と参加させていただきましょう。

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青年部役員当時の様子

vol.3 沖本 義治さん

(中国第2教区・福山引野支部)

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『私の巡拝錬成にかける

       思い(重い?)』

 

 先ずは、「三聖地巡拝錬成を計画させていただけることがありがたい」と思います。巡拝錬成のお役目がない一参加者だった頃を卒業し、お誘いする立場になった頃、7団編成で大変盛り上がっていました。直轄道場のない地域の限られた人だけかも知れませんが、青年部行事と言えば巡拝錬成が中心で、どこがバスを何台出すと競っていました。京都市内パレードは、警官による交通整理の中、大勢の会員の方が国旗を振って見送ってくださっていた記憶が残っています。鼓笛隊で参加した時は、誰かの役にたっているという誇りと、練習してきたプライドがあったように思います。

 その巡拝錬成が中止となり、青年部活動が目に見えて縮小する中、話合いを重ねました。出た結論は、全国の青年部員が集まり盛り上げられる行事は、巡拝錬成以外に無い。友人・知人をお誘いするきっかけも減っていて、是非、復活させていただきたい。反面その時の私は「行事の企画実行は目的ではない」と思っていました。

 復活の願いが叶い、させていだく中で感じたことは、「行事は自分の為でなく、参加者の為!自分の癖を知り、必要とされる人、使ってもらえる人になる訓練!できなかった反省より、できた喜びが自分に返ってくる体験!これに勝る人材育成があるだろうか?」だったように思います。「何?お前本気でやるのか?それなら俺もこうしちゃいられねー」と周りに火をつけられるかは自身の情熱しだいです。心配事、なかなか決められない事、いろいろな壁にぶつかると思うけど、情熱で乗り越えられると信じます。試されていると思って踏ん張れ! 協力者は必ず現れる。

 金剛さまがなぜ「三聖地巡拝を立ち上げられたのか」、「死した後も泉山を護持し奉らんとの信念を吐露し泉涌寺の一角に鎮まりたいとの旨を依頼されたのか」そして「お許しをいただき金剛宝塔が実在するのか」を考え続けることで意義がより深まると思います。

 コロナに負けるな! 熱中症に負けるな! 言い訳に負けるな!大きな目的を持ってたくさんの仲間と参列できますよう、ご活躍と成長を期待し応援します。

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京都市内パレードの様子

vol.2 大和田 宏治さん

(東京第7教区・川崎元住吉支部)

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『三聖地は原点』

 

 僕は三聖地には小学1年生から鼓笛隊として参加をしていました。

 子供の頃、我が家では父が強引に解脱の行事を参加させるので、仕方なく参加していました。特に、三聖地に参加するための鼓笛隊の練習が、毎週土曜日の夜に馬絹支部で、日曜日に多摩川の土手でありました。毎回、練習を嫌がりましたが、父親に怒られながら不貞腐れながら鼓笛練習に連れて行かれました。その当時は、TV番組が毎回、見られない事や日曜日に近所の友達と遊べないのは苦痛でした。

 日曜日の練習は朝から毎回、多くの会員さんが応援に駆けつけてくれて教区の仲間として応援してくれている事が、子供である僕にも十分に伝わりました。差し入れとして、おにぎりや飲み物やアイスなど用意をしてくれたり、つらい練習の束の間に青年部の方との遊びが本当に楽しかったです。今より教区の会員同士で家族ぐるみで、縁のある子供を皆で育てようと言うような気運があった気がします。

 幼い僕は引っ込み思案で、殻に閉じこもる子でしたから、解脱会の中に友達も作るのが苦手でした。教区の仲間に同じ支部の子がいる事が羨ましかったです。

 一人でいる僕を気にかけて声を掛けてくれる方が多くいて、仲間に引き入れてくれ嬉しくて楽しかったです。人見知りや引っ込み思案な人は、声をひと言掛けてくれる事を多くの方が本当は待っているのだと思います。

 その後は、中学生になると部活を理由に全く青年部活動には参加せずにいました。

 しかし、毎年の三聖地には誘われて参加していました。今思えば、口では否定的な言葉を言いながら実は聖地に行ける感動を心は覚えていたのだと思います。

 成人してから徐々に教区の青年部活動に顔を出して、仲間が出来て楽しく活動するようになりました。

 その後、支部班長に成り立ての頃です。

 何とか支部でバス1台を達成したくて、支部の方だけでは人数が足りなくて、申し込みギリギリに友達や仕事の仲間を京都に行けると誘って参加してもらいました。

 しかし、僕が参加の説明をしっかりと出来なくて、行事の途中に新幹線で帰ってしまいました。帰宅後に連絡すると「もう誘わないでくれ」と言われてしまいました。

 ただ、人集めにこだわり空廻りをする体験をしました。

 その方が会員になるか?ならないではなく、声をかけた人、連れて来た人が幸せになってほしいという願いや行動が本当の徳積の勉強になるのではないかと思います。

 僕は青年部活動の仲間だった妻と結婚をし、授かった幼い子供達が鼓笛隊として共に参加してくれて、家族で賑やかに参加した感動を今でも忘れる事はありません。

 また、霊界した父は強引でしたが、解脱の教えてに対して真っ直ぐな姿勢が、今の我が家の学びの基礎が出来て、僕に繋がり今の家族に伝わっているのだと思います。

 今は、縁が遠くても一度でも三聖地に参加された人は、僕と同じで感動を心が覚えているはずです。

 本年度の三聖地には、どうか支部長さんをはじめ、多くの仲間と協力して誘い合い、一人でも多くの方が参加させていただける活動をしていただけると嬉しいです。

 その行動が一番、解脱金剛さまや各家のご先祖様がお喜びになり、何よりも自分自身の大きな成長になると信じています。

 青年部の皆さんの益々のご活躍を期待しております。

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青年部役員時代、最後のお役目

(本部道場の青年講座にて)

vol.1 増永大畑井上

   前青年副本部長

増永憲治さん

 (北陸教区・福井加茂河原支部)

大畑祐史さん

 (静岡教区・藤枝岡出山支部)

井上郡康(くにやす)さん

 (名古屋第1教区・名古屋太閤通支部

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R2.11 R3青年幹部研修にて

(御霊地)

 

写真右から、

①増永前副本部長

②ご出講の吉岡先生

(ジャパンハート最高顧問)

③井上前副本部長

④大畑前副本部長

増永憲治さん

 (北陸教区・福井加茂河原支部)

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 「いよいよ!第39回青年部三聖地巡拝錬成です‼︎」というのは、一昨年1団の団責任者のお役目をいただき本部会メンバーと共に入念に準備を進めていましたが、新型コロナの拡大もあり延期となりました。私自身、毎回三聖地巡拝錬成を通しお役目をいただきお使いいただいていましたが、開催出来ないという環境に初めてなり、出させていただくことが決して普通ではなく当たり前ではないということを痛感し、感謝と反省の日々でした。そして本年度、新役員のみなさんが開催に向け新たな環境を踏まえ準備されていると思います。
 今まで私達は、日々たくさんの恩恵の中で生活をさせていただいています。私の経験の中で強く感じたのがMST2019の団長のお役目をいただいた時です。実際ミャンマーの現地に足を踏み入れると、今までの生活が当たり前のように思っていたことが決して当たり前ではないことを…。この日本に生まれ、守られ、安心安全に生かされ生きていることを心から感謝しお蔭様を感じるとき、三聖地巡拝錬成にて感謝の誠を捧げ、礼節を尽くすことが大切だと実感しています。
 そして、三聖地巡拝錬成を本番とするならば、それまでの日々の行いが大切になります。その一つに朝夕の勤行で祈願文と三綱五常報恩をお唱えします。私達は何度も何度も繰り返し言葉にして…。しかし常にずっと意識できていたらいいのですが、ちょっとした瞬間だとか忙しくしている時、いろんなスペシャルな出来事に左右されてしまうと大切なことを忘れてしまったりします。だから日々の生活の中で繰り返ししっかりと朝夕のご挨拶の中で身につけて参りましょう。そしてもう一つ、法友(仲間)と共にいろんな事にチャレンジしアクションを起こして行きましょう。それは大それた事ではなく、これくらいなら出来るかも…くらいからのチャレンジです。そのチャレンジの中の小さな成功体験の積み重ねが、自分に自信をつけることに繋がります。もっと言うと、その時にどういう気持ちで取り組むかが重要になってきます。それは…喜んで取り組む、喜んでさせていただくことが大切になります。さらにいうとワクワクしながらです。するとより良い結果に繋がると確信しています。
 お互い様に第39回青年部三聖地巡拝錬成に向けてアクションを起こし、そして実際に聖地に足を運ばせていただき、日々の御礼と共に今の自分の心を見直す・生き方を見直すキッカケとし努力精進させていただきましょう。ありがとうございました。

大畑祐史さん

 (静岡教区・藤枝岡出山支部)

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 夏の三聖地巡拝錬成には幼い頃から毎年参加をさせていただいてきました。
 当時は東京第一教区の支部に御縁をいただき通わせていただいていましたが、巡拝錬成の度に地元静岡から東京まで行き支部での出発式の後、そこから伊勢へ向かうという行程で旅費が通常の倍程かかっていました。
 それでも毎年その金額を出し続けてくれた両親の三聖地巡拝錬成に対する想いの強さと、補助をして下さった支部への感謝の気持ちを、働くようになって改めて強く感じるようになりました。
 また当時、感謝袋に書かれた「国恩感謝」とは世界の人のお手本になれるような人間になって、神様や御先祖様に喜んで貰える自分になりますってお誓いするんだよ。と支部の青年部の先輩から聞かされたのを覚えています。


 誘われる側から誘う側にまわった当初、誘っても誘っても断られ、くじけそうになっていました。そんな時、先輩から「聖地のこと知ってる?」と聞かれ、正しく理解していないことに気づかせていただきました。結局、ずっと損得勘定だけで考えていたから私はダメだったんです。
 頑張って誘っても断られたらどうしよう、何にもならなかったら損するだけだと思い、真剣に誘っていなかったし、聖地の知識も薄かった。
 『行うには行う理由を知って、初めて行ったと言い得るからで、無意識に行ったのでは夢中の行動か、若しくは反射的衝動的行動と同一であるから、何等の価値もなきものではあるまいか』との金剛さまの御言葉があります。実行するために学ぶのが解脱だと思います。
 自分自身で何も考えず行うことは、本当の意味で実行したことにならないと戒められていると感じます。青年部員の皆さんも部長に言われたから、というだけでなく、自ら学びお誘いに力を注いでいただきたいです。

 

 私自身、聖地に対する金剛さまの想いを学び、真剣にお誘いをさせていただき、支部に入会したばかりの会員さんが参加を決めてくれた時には嬉しかったですし練成後、その会員さんとの心の距離が近くなったと感じています。
 考えて工夫するなかで、気づきや体験を得て成長できるので、実行する過程も結果も両方大切なことだと感じています。


 また小学生だった頃、当たり前のように仲間として迎えてもらい学び遊んだ先輩方とは、今でも会えば時間を越えて笑顔になれる貴重な存在です。そんな素敵な仲間作りを経験していただきたいです。

 『数は力だ』とのある先輩の言葉から、多くの仲間と参加することで影響力が増すことと、多くの参加者が国を想い正しく祈ることで、世の中がより良く変化するとの思いが込められていたと思います。
 御皇室への感謝、国土への感謝は云うまでもなく私自身、自己中心的な心を鎮め、思いやりの心を磨き「世の為・人の為」にお使いいただく誓いを新にするとともに、各聖地に浸り、人と繋がれる喜びを多くの青年部員と共に共有し参拝させていただける日を楽しみにしています。

井上郡康さん

 (名古屋第1教区・名古屋太閤通支部

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 モバイルサイトをご覧の皆様、元気に青年部活動に励み、解脱道に精進なさっていますか? お久しぶりの方、はじめましての方、それぞれいらっしゃるかと思います。一昨年まで青年副本部長としてお使いいただきました、名古屋太閤通支部の井上郡康と申します。
 今回、『三聖地メモリーズ』ということで、三聖地巡拝錬成(以下、三聖地)に私自身が参加して感じたことなどを寄稿させていただくこととなりました。どうぞよろしくお願いいたします。

 

 学生の頃、私にとっての三聖地は年に一度の楽しいお出かけでした。年賀状に書かれていた支部青年部班長さんからの文章、“今年も一緒に三聖地に行こうね”から始まり、支部からのたくさんの飲み物とレクリエーション用品の差し入れを頂戴しての楽しいバス車中、宿泊地の猿沢池で行われていたお祭りの散策のこと、京都市中でのパレードなどなど、全てが素敵な想い出となっています。また、御神前での御挨拶、支部や道場での講座参加と同じように有って当たり前の行事でもありました。

 社会人となり様々な青年部のお役目にお使いさせていただいていた時には、三聖地は休止期間を経ての 2 年に一度の行事となっており、学生時代には感じなかったことも感じるようになりました。それは楽しいに加えて三聖地の更なる魅力や奥深さを知った、ということでしょうか。
 大切な子供や部員を送り出す親や支部の想いを知り、無事に参加者一同が揃って三聖地を完遂出来ることの有り難さ。各聖地や金剛さまが三聖地巡拝を始められた想いを学んで知った三聖地の尊さ。歴代の役員方の熱い想いで脈々と受け継がれてきたことを知り感じた、継続することの大切さ。このようなことを経験させていただいたことで、三聖地というものは決して当たり前にあるものではなく、素晴らしい行事である、と感じながら三聖地に参加しておりました。
 今回こうして三聖地を振り返る機会を与えていただき気付いたことは、三聖地に参加したことは一生の財産であり、何年、何十年経っても同じように参加した方とも経験談を共有出来る共通言語であり、共通体験になる、ということです。また、日々の青年部活動と併せて体験することで、より一層三聖地が充実するとも感じました。

 

 私の所属支部でも三聖地のポスターが貼られ、支部青年会でのお誘いが始まり、三聖地が近付いてきたことを感じています。皆様が元気に三聖地に参加され、素敵な熱い夏の想い出となることをお祈り申し上げます。最後までお読みいただき、ありがとうございました。