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”コロチャレ4”

​~青年部三聖地巡拝錬成・特集~

三聖地レジェンドストーリー

「三聖地レジェンドストーリー」とは

本会の先生方(レジェンド)の皆様より、青年部三聖地巡拝錬成の当時の思い出(ストーリー)や青年に対する激励等、以下4点について、アンケートに沿ってご記入いただきました。

1. 一番の思い出

2. 一番辛かったこと

3. 激励の一言

4. 価値について

毎月2回の更新日ごとに、お1人以上を公開していきます。

先生方のお言葉を読ませていただき、今一度、青年部三聖地巡拝錬成の意義を見つめ直していきましょう!

​毎回の更新を楽しみにしていただければと思います。

vol.16 伊藤理事参与(8/15)

vol.15 柴田道場長(8/1)

vol.14 山本道場長(7/15)

vol.13 徳田道場長(7/1)

vol.12 池松理事(6/15)

vol.11 藤原理事(6/1)

vol.10 関常任理事(5/15)

vol.9 田村常任理事(5/1)

vol.8 西村常任理事(4/15)

vol.7 服部常任理事(4/1)

vol.6 関相談役(3/15)

vol.5 廣川相談役(3/1)

vol.4 宮島相談役(2/15)

vol.3 稲子相談役(2/1)

vol.2 渡辺顧問(1/15)

vol.1 岡野理事長(1/5)

vol.16 伊藤理事参与

支部名:埼玉北本宿支部

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1. 一番の思い出

1:初めて参加した第1回の三聖地巡拝錬成では、ご先祖様の歓喜を全身に感じ受け、幽顕一致を体得し、確信しました。

2:伊勢神宮(外宮)での決団式に参列し、全国にはかくも大勢の同志がいることに喜びと力強さを覚え、一層の励みを得ました。(解脱金剛尊者の御精神を体感せんがための修験実証にあります)

3:学び習得のことわざに、「百聞は一見に如かず」と学びますが、巡拝錬成に参加して「百見は一体験に如かず」であることに気付きました。何事も体験が、自分にとっての宝と気づきました。

2. 一番辛かったこと

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1:真夏の行事と日々慣れてない団体行動は、その厳しい暑さの中、体力のない自分にとって大変に思えた。しかしこの辛かった実践行を通して、多くの同志と共に成し得た喜びは得難いものと成った。

2:この得難い体験こそ自分にとって、温故知新の学びと知りました。この錬成こそ正に、解脱金剛尊者の申される「刺激こそ人格完成へのムチである」との、尊い学びであると受け止めました。

3. 激励の一言

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1:私たち解脱青年部活動の目標は、世界平和実現にあります。常に解脱金剛さまと同行二人であることに意識して、活動させていただくならば、必ず成し遂げられると信じます。

2:何事に対しても、一に努力、二に努力、三にも努力と、金剛尊者に申され、今回の三聖地巡拝錬成に参加される青年部の皆さんひとり一人に対しては、世界人類の代表として、崇高な解脱精神の意識を心に抱いて参加される事を期待されておられると信じます。

4. 価値について

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1:三聖地巡拝錬成に参加が許された青年部員はの皆様は、解脱金剛さまに選ばれた存在であると気付く事が大切です。

2:何故なら、三聖地巡拝錬成に参加する事は、解脱金剛尊者の御精神を身をもって学ばせていただける学びの近道であるからです。

3:全世界の平和は、各々の国にあってしかりです。故に、解脱金剛尊者は、我が国体の安泰が無くてはならないと申され、歴史に基づく日本の国体のあり方こそ大切で、子々孫々守り通さねばならない人道の行事とされたのです。

4:解脱金剛尊者のご意思に従い、解脱会の毎年の六大行事の一つには、4月1日~3日にかけて、国恩感謝の誠を現す行事の一環として、世界人類を代表しての三聖地巡拝を行っております。

vol.15 柴田道場長

支部名:兵庫伊丹支部

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1. 一番の思い出

初めて三聖地巡拝錬成に参加した時の思い出が今だに思い出されます。それは、外宮での結団式の会場で偶然にも母親とばったりと会った時の事でした。母親は別の教区から参加していたのでしたが事前に母親が参加する事などは一切聞かされていなかった為、大変驚きました。母親とは、久しく会っていなかったのを三聖地巡拝錬成のご縁で会えたのが感無量でした。

そして、巡拝間もお互い別の教区ではありましたが、母親と共に今、巡拝に参加させて頂いている有難さを感じました。また、各聖地でも不思議と会う機会がよくあり、常に一緒に参拝させていただき、親子が初めて三聖地巡拝錬成に参加した事が一番の思い出になっています。

2. 一番辛かったこと

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結団式での宣誓者に選ばれた日が、勤務とバッティングした事でした。

当時、私は陸上自衛隊に勤務し、長期演習の参加を命ぜられた期間中、三聖地巡拝錬成がありました。宣誓者のお役目が決まっていましたので、どうしたらよいのかと悩んでいる内に日が経ち、長期演習に出発してしまったのです。演習期間にも巡拝の参加を断ろうと何度も思い、当時の青年部長に連絡を入れに電話ボックスに行きますがいつも順番待ちの行列が出来、何度行っても連絡する事が出来ない状態が続いていました。もうこれは「宣誓者の役目に縁がないのか」いや「始めから縁のない役目を頂く訳はない」と葛藤を繰り返しているうちに、どうかお役目にお使いいただけるよう祈り始めたのでした。するとしばらく経った後、上官から呼ばれ急遽部隊に帰隊する隊員がいるので、その車両の車長として帰隊命令をいただき、また帰隊後は、演習に復帰しなくてよいから休暇をとってもよい許可までいただいたのでした。そのお蔭で無事に三聖地に参加し宣誓者としてのお役目を全うさせていただきました。

3. 激励の一言

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私は、青年部三聖地巡拝錬成に参加させていただく事を一つの目標として青年部活動を全うして参りました。幾多の困難を切り抜けて参加させていただいた事が、全て試練だった様に思います。その試練を乗り越えさせていただいた時にまた自分というものが大きく変わっていった様に思います。

青年部三聖地巡拝錬成に参加させていただける事が、どれほど尊く有難いことなのか。

それは、巡拝錬成にどうか参加させていただきたいという祈りの中にあるように思います。どうか祈って参加して下さい。

次に大切にすべき「心」について、巡拝錬成は、私個人だけが参拝するのではなく、ご先祖さまと共々に参拝させていただける有難い巡拝ですので、常にご先祖さまと共々にという心を持ち続けていきたいものです。

4. 価値について

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39回に亘って開催されてきました青年部三聖地巡拝錬成には、歴史があり、その時代の背景の中に、それぞれの参加者の思いを重ね合わしていきますと各回とも時代の潮流に乗って、今迄の三聖地巡拝錬成が繰り広げられてきた様に思います。参加者皆さんのそれぞれの思いが結集している力が、青年部三聖地巡拝錬成の価値だと思います。

以上です。

vol.14 山本道場長

支部名:名古屋天池支部

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1. 一番の思い出

 

あまり定かではありませんが、10代終わりの浪人中に父にすすめられて初めて参加した時のことを思い出します。まだ三聖地が何なのかも知らない時でした。伊勢神宮は知っていましたがあとの2つは初めて耳にする場所でした。信州から先輩達についてまわりました。その時の暑さと多くの青年達による行進にびっくりしました。

団体での行動なのでそれに合わせて参拝していたので、感激というよりびっくりしたと言うほうが当たっています。特に印象に残っているのが、伊勢神宮で宇治橋を渡り五十鈴川での手洗いまで暑かったので大木に囲まれた参道はとても涼しく又心落ち着く感じをうけた思いでした。御寺泉涌寺では、坂道を登り金剛宝塔を目の前にした時の印象が残っています。皆、青年部員は当たり前に参拝していたので、また団体だったので、特別な行事という印象はありませんでした。

2. 一番辛かったこと

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辛かったというより大変だったという気持ちが強く残っています。名古屋に住みつき、青年部役員時代のお誘い活動断られてもまたお誘いに行った事です。夢中だったのかバス人員目標のため活動していたと思います。又、出発してから帰るまでの間、事故なく無事に参拝から帰るまでの心配事が心に残っています。最高1000人以上の団体だったので、それぞれの役目ある役員同志の協力があったから出来たと思います。交通事情も今とは違い渋滞もあり、クーラーが故障したりと大変でした。

又、パレードも警察への届出や警察官の協力で無事できましたが、行進してから終了まで気を抜くことができませんでした。役目があるとそちらの方面で大変な思いをしました。

3. 激励の一言

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激励というよりも日本を代表する聖地へ若い時期に行く事の大切さを味わってほしい。青年時代に聖地に身を置き、身体と心で感じてもらう事が大切と思う。若い内がいい。そして何度も行く事のきっかけになると良い。

4. 価値について

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日本人、先人の精神というか心に触れる事。私の先祖が何百年も前に行ったかもしれない。伊勢神宮の樹齢何百年の大木が先祖そして私又子孫を見、また見ていてくれる。時代の流れの中に私がいる事の実感を味わう事ができる。

vol.13 徳田道場長

支部名:小田原曽我支部

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1. 一番の思い出

 

解脱金剛宝塔での決意発表の時、金剛さまと祭祀させていただいている祖父と父に大怪我をして立ち直ることができ、命の尊さを体験し、救われた御礼とこれからは、世の為、人の為につかっていただきたい。

また、来年は、天職として与えられた学習塾の塾生とこの聖地に参加しますと涙ながらお誓いさせていただいたことが一番の思い出です。

2. 一番辛かったこと

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炎天下でも錬成として、参加させていただいたので、辛さもよい思い出として今は感じています。

3. 激励の一言

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初めて参加させていただいたのは中学生の時です。先輩の方から日本国民を代表して、参拝するという気持ちでただ感謝の心で参拝すればいいよ。と言われ参加しました。

回数を重ねるたびに心が洗われて生かされているという実感がわいてきて、解脱会会員としてのなすべき事の自覚、また誇りを持つことができてきました。参加してみてください。自分で体験、体得してください。必ず心の財産となる。体験が得られると思います。今の自分、家族があるのも三聖地巡拝錬成に何回も参加させていただいたおかげであると言っても過言ではありません。

4. 価値について

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金剛さまは、「この巡拝は、日本国民を代表し、更に五色人種を代表しての参拝である」とおっしゃっております。

だから、私は、この巡拝を代表してさせていただいているという心構えで望みました。春の巡拝は一度も途切れることなく続いています。国恩報謝の心を育てていくことが

私が子孫に残せる財産であると信じています。

vol.12 池松理事

支部名:熊本大津支部

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1. 一番の思い出

 

三十代前半の頃、子どもと共に鼓笛隊のメンバーであった私は大太鼓を担当し参加した三聖地巡拝ですねぇ。真夏の炎天下の中、堂々と胸を張った鼓笛演奏は何か大きな力と勇気が湧いてくるような爽快感を体験しました。当日を迎えるにあたっての度重なる合同練習や個人練習を積み重ね本番に臨みますがその練習にも気合が入りました。本番では橿原神宮での演奏や京都円山公園からパレード、そして御寺泉涌寺金剛宝塔前での演奏と過酷な中ではありましたが多くの感動と感激の幸せ感を肌で感じた行事でした。そして翌日からの仕事へ大きく弾みをつけるよう好転して行くのでした。

2. 一番辛かったこと

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初めて三聖地巡拝に参加した二十代半ばの頃、結団式のおり宣誓のお役目を頂きました。九州からだとバスの中で過ごす時間がとても長く、中々眠れず巡拝初日を迎えます。言葉では表現できないほどの緊張感で迎えた結団式、お誓いの言葉を何度も練習していたにもかかわらず宣誓!・・・途中の文言が出てこなく、睡眠不足も相まって頭の中は真っ白、空白状態が続きとても焦りました。周囲の青年部員からガンバレ!等々の声が聞こえるも思い出せない!おそらく5秒くらいの空白とお聞きしましたが私にとってはとても長く感じ冷や汗で倒れそうでした。しかしそれ以来三聖地巡拝は私や家族にとってかけがえのない行事となって行ったのです。

3. 激励の一言

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大きな課題を抱え希望を持つことが困難な日常生活の時期、この三聖地巡拝錬成が背中を押してくれました。「三聖地に額づくと言葉では表現できない程、神々様の偉大な力を頂けると共にパワーアップできるのです」巡拝後、暫くして仕事や日々の生活が徐々に変化し、様々なことにおいて運ばれて行ったのです。参加に当たっての基本は何よりご家族をはじめご先祖様にしっかりと感謝のご挨拶申し上げ、共に参加するという気持ちで臨むことをお勧めします。

4. 価値について

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三聖地巡拝錬成とは「輝ける自分を創造するためのビッグチャンスなのです」

青年部活動はまさに人生の縮図と今振り返ります。中でも三聖地巡拝錬成は自分を変革できる一歩を踏み出す大きなチャンスと受け止める事が肝要です。若い頃の私の不安や悩みを軽減又は払拭できる不思議な神秘的エネルギーを体感しました。何より自分の心にある様々な思いが走馬灯のように浮かび素直に反省させられました。中でも自分という存在は誰にも替りのできないほど、素晴らしい生命を頂いていることに気づかされました。生命への感謝、感謝の生活こそ幸せな人生が担保され、人様に喜んでもらえる行動へと変化して行くなど、新たな価値、確かな人生を創造していけると固く信じています。

vol.11 藤原理事

支部名:香川多度津支部

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1. 一番の思い出

 

一番に思い浮かぶのは、橿原神宮です、毎年一日のうちで一番熱い時間に到着して、行進をはじめますが、これも毎年手水舎と御神門の曲がり角で渋滞したとき、その当時ご神門の柱に、明治天皇陛下の、御製のお歌が掲げられていました。
「橿原の 遠つ御親の宮柱 建て初めしより 国は動かじ」という御製でした。
毎年渋滞するたびに、読ませていただき明治天皇陛下が、初代神武天皇陛下のお住まいをやっと無事に落慶に至ったか。また、国を思う御晨(しん)念に想いをいたして、ひとり涙がこぼれるような感動を、毎年させていただき、皇恩の尊さを身に染みて感じさせていただきました。

2. 一番辛かったこと

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巡拝で辛かった事はありません。

3. 激励の一言

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佐藤一斎(いっさい)先生は、言志録の中で、「若くして学べば、壮にして成すあり、壮にして学べば、老にして衰えず、老にして学べば、死して朽ちず」と言われています。

巡拝は、若くして学ぶべき重要な階段の一段と私は思っています。すなわち、壮年に達したとき、何事かを成すための重要な第一段目、そのあとの事もしかり、金剛さまは、一生かけて学ばれ、私たちをお導きくださいました。ゆえに死して朽ちず、私たちの心の中に、永遠に生きていらっしゃるのです。大事な大事な一度しかない人生の、成さねばならない第一段の階段をしっかりと、体験してきてください。

4. 価値について

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巡拝の、価値といえば「忠孝仁義礼」の実践業と私は考えています。伊勢神宮は、日本という国の根本の正しい姿、すなわち「義」です。橿原神宮はその「義」に基づいて国を建てられ、政を成された神武天皇が祭祀されています。また泉涌寺は歴代のご皇室の御陵があります。

すなわち「仁」の姿です。

そして、「義」に基づいて「仁」を成された尊いご精神、伝統に対して真心から感謝をささげる精神を我々に、ご教示くださった金剛さま、すなわち「礼」です。

私たち日本人の持つべき、最尊の姿に、礼を尽くして感謝申し上げる行動、すなわち「忠孝」の道です。

これは、私の私見ですが、思うところを書かせていただきました。

皆様が、巡拝を通して、色々と体験をされ、有意義な人生の糧とされんことを心からお祈り申し上げます。

vol.10 関常任理事

支部名:大森八幡支部

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1. 一番の思い出

 

当時、「解脱青年」誌(ヤングゲダツ誌の前身)の編集のお手伝いをさせていただいておりました。伊勢神宮で全国から到着するバスに少しだけお邪魔して参加の方たちに巡拝錬成の感想などを聞かせていただく取材をしました。大勢の参加者のため、分刻みの行動で忙しかったのですが、初めて会う仲間の方たちとのふれあいが出来てとても嬉しかったです。

50年以上も前の事ですが一番の思い出です。

2. 一番辛かったこと

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辛かったことは特にありません。

 

3. 激励の一言

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自らすすんで参加する方、仲間を誘って参加する方、誘われて参加する方、あまり気がすすまないけれど参加する方、いろいろあると思いますが、三聖地に自ら足を運ばせていただく、それだけで十分だと思います。それぞれの聖地で空気や風、陽の光を体で心で感じて下さい。

帰りのバスの中は、一人一人の心の中にたくさんのお土産がいっぱいになっているはずです。そして是非回数を重ねて参加させていただいて下さい。金剛さまのお心、三聖地の尊さにたくさんふれることが出来るはずです。

4. 価値について

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きびしい暑さや密なスケジュールでありますが、仲間と過ごす3日間の中で助け合ったり、励まし合ったり、さまざまな経験が出来ること、み教えを共に学ばせていただく仲間だからこその喜びや気付きがあるはずです。

又三聖地巡拝錬成へのお誘いも勇気がいることで、人様を思うという大切な行となります。

そして若い年齢で三聖地に踏ませていただくことが、どれほど国恩感謝の心を培えることになるか、金剛さまのお心に少しでも近づけることになるかと思うと、是非すすんで参加していただきたいと思います。三聖地巡拝錬成によって日本国への感謝と世界平和実現への想いを是非強くしていただきたいと思います。

vol.9 田村常任理事

支部名:浅草支部

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1. 一番の思い出

 

支部でバス1台の参加目標を設定し、仲間の青年部員達と手分けして、お誘いに歩いたことです。当時支部では、先祖供養会が多数のご家庭で行われており、そこへ参加してお誘いを行いました。子どもを積極的に送り出そうとするお宅、消極的なお宅等色々と見せていただき、大変勉強になりました。支部長さんやご夫妻や幹事さん方のご協力をいただき、無事目標を達成することができました。

2. 一番辛かったこと

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辛いと感じたことはありません。私が参加し始めたころは、バスにクーラーがなく、「早く出発しないかなぁ」と皆で言っていました。そういうことが一般的な時代だったので、辛くはなかったです。

 

3. 激励の一言

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青年部三聖地巡拝錬成は皆さんのご両親、祖父母、曾祖父母の皆様が踏みしめた玉砂利を、皆さんが踏みしめる錬成です。ご先祖様のお心を味わいつつご参加下さい。そして、世界最古の国である我が国の歴史と国土の大御恩について考えてみて下さい。

金剛さまは、三聖地に対し「尊いことこの上なし」とおっしゃったそうです。

4. 価値について

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青年部三聖地巡拝錬成を実行するにあたり、それぞれのお役目遂行の中に「錬成」という価値があると思います。多くの方々のお世話になっていることを考える良い機会です。

国の恩を意識し、考えてみる。お役目でお誘いをする人、お役目はなく参加される人、それぞれの人が何かを感じ体験していると思います。聖地においてその空気を感じる。仲間との絆を確認し、深める。気が合う人もいれば、合わない人もいる。三聖地巡拝錬成ならではの

体験をいただける。このようなことが、青年部三聖地巡拝錬成の「価値」であると思います。

vol.8 西村常任理事

支部名:埼玉北本宿支部

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1. 一番の思い出

 

私は三聖地巡拝での思い出はたくさんありますが、中でも北陸の青年部長のお役目に5年間お使い頂いたころのことが今でも具体的に思い出されます。

部長就任した最初の年は参加者が8名で参加しましたが、参加してみると他の教区に比べて大変貧弱な状況であることを認識しました。

これは何とかしなければならないと強く意識し、考えたことは第一に各支部長さん方にご協力いただくことであり、そのために私自身が各支部へ赴き直接お目にかかる以外にないと考えました。

そして、教区青年会を盛り上げるために三聖地巡拝を切っ掛けとして取り組むことをお伝えしました。最初は中々ご理解いただくことが出来ませんでしたが、何回も訪問することによって、徐々にご協力頂ける道が開けました。

各支部長さん方との話し合いによって、各支部感謝会で会員の皆さんに直接趣旨をお伝えすることになりました。毎月の各支部感謝会に出向き青年部活動の意義を話し、三聖地巡拝参加の督励をしてきました。

5年目の巡拝には270余名参加することが出来たことが最高の思い出です。

2. 一番辛かったこと

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部長5年間の間に4年目の出来事ですが、この年は金剛さまとお約束した参加者の目標を達成することが出来ず、申し訳なさで懺悔の証として学生時代以来初めて丸坊主となって巡拝に参加することにしました。

当時の青年部役員からどうしたのかと尋ねられましたが、悔しくて解脱金剛宝塔前では泣きながらお詫びいたしました。

次年度は必ず目標達成のために最大限の努力をお約束させていただき、毎月の各支部感謝会周りを早めて年末の感謝会から各支部へ出向きました。そして各支部青年会へも出向くことにしました。

北陸の冬は雪が舞い道路も凍り付き危険が伴い、ある日夜の青年会に出向いた帰り車が一回転したこともありました。偶然にも対向車がいなかったので、事故を免れることが出来ました。

金剛さまとのお約束を果たすことが出来なかったことほど、辛いことはありませんでした。

 

3. 激励の一言

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自分自身の人生に誇りを持つためには、日本人であることをまず自覚することであり、三聖地は正に日本のルーツであり、世界に誇れる精神が根底にあります。

日本は昭和20年8月15日第二次世界大戦敗戦で終戦を迎え、敗戦処理の名目で進駐したアメリカ軍は12月神道指令を発令し国家神道神社神道を禁止して日本人の精神的支柱を禁止しました。

それに対応して多くの指導的立場にあった宗教家たちも神道指令を受け入れて方向転換を余儀なくされました。

しかし、金剛さまは翌年昭和21年4月三聖地巡拝を斎行し、毅然とした信念を貫かれました。場合によっては神道指令違反で罰せられる可能性がありましたが、戦前戦中と変わらず斎行されたのです。

現在でも伊勢神宮も橿原神宮でも、揺らぐことのない信仰姿勢を高く評価されて、特別厚遇をして頂いているのです。

私は大変印象的に覚えていることは、伊勢神宮の外宮における巡拝団結団式で歓迎挨拶をして頂いてきた杉谷広報部長さんが伊勢神宮を代表した挨拶で、「伊勢神宮にとって解脱会は特別な存在であり、三聖地巡拝は特別の行事の一つです。その理由は、昭和21年4月それまでと変わらず団体参拝を貫かれてきたからです。」と話してくれました。これほど高く評価された行事であることは、誇りとすることが出来るのです。家族の代表として参加するとか、支部を代表して参加するという小さな意味合いにとらわれることなく、日本人の代表、世界人類の代表としての覚悟をもって参加して頂きたいものです。

4. 価値について

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私は青年部活動の中でも当時最大行事として捉えていましたが、教区青年会を盛り上げる切っ掛けとしていました。

巡拝終了後には青年会につなげるための工夫をし、巡拝反省会の名目で行事を企画しました。5年目の教区青年会の参加者が100名近くまでになり、大変盛り上がりました。当時教区青年部の副部長候補が5人名乗り出る状況になり、結局2人に絞るために選挙することになりました。

人づくりに大いに寄与する行事が、三聖地巡拝錬成だと思っています。青年部のお役目を通して得たものは大変大きく、現在の自分を作ってくれたと思っています。青年部活動の様々な経験を通して、自分が磨かれてくることは間違いありません。

金剛さまはご真筆で「人性楽」と書き表されていますが、普通は人生ですが「性」と表現されているのは、性の「りっしんべん」は魂とか心という意味があり、人間は万物の霊長としての魂を持った存在であることを教えており、この魂が喜ぶ生き方は「純粋に世のため人のために活動するとき最上の喜びを得ることが出来る」ことを説かれているのです。青年部員の多いなる御活躍を祈念しています。

vol.7 服部常任理事

支部名:名古屋仲田支部

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1. 一番の思い出

 

印象に残っている三聖地巡拝錬成の思い出といえば、約40年前は、1年中三聖地巡拝錬成の繋げていく青年部活動でした。青年講座、青年会、支部対抗のソフトボール大会、ブラスバンド結成・育成、教区大会等教区長・支部長のご支援を受け活動し充実した活動でした。1番の目標は、「まず人を集める」事に力を注ぎました。以来、毎月の青年講座、青年会では一人で参加せず、必ず友人と参加を呼び掛けた思い出があります。当時、支部長さんには、金銭的・人的にも大変な負担をかけたことを後日お聞きしました。青年部のお誘い作戦(支部の感謝日に役員がお誘いに通った)によって支部が活性化した事で、支部長方々にも大いにご協力頂きました。しかし、第8~11回頃迄で本部では1万人を目標にし、各ブロック、教区は参加者数のトップを狙って、努力しましたが、三聖地(伊勢・橿原・京都)でのパレード交通規制、バスの行程時間の調整等で、やむなくペースダウンとなり、残念ながら、達成できませんでした。

以上が、小生の三聖地巡拝錬成の思い出として、現在でも残っています。

2. 一番辛かったこと

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「辛かった事」ではあったと思いますが現在の心情は時間の流れと共に「大変だった事」と変化しているように感じています。参加した青年部員を青年会、青年講座につなぎとめ、次の行動にと、次年への三聖地巡拝への参加につなげていくことに苦労しました。そして、各支部の青年会の充実を日常の活動となりました。当時の青年部の時期が現在の基礎になっていると思っています。

 

3. 激励の一言

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当時一つの目標に向かって協力し、競い合った仲間との付き合いが、現在も続いております。苦楽(同じ釜の飯を食べ、一緒に風呂、一緒に寝て)を共にし、生涯付き合える仲間を、青年の時代に作ってください。

4. 価値について

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日本の歴史(皇紀2680年)は天皇制を中心に成り立っており、国民一人一人が、御皇室を尊崇し、御皇室の安寧と日本の繁栄を祈り、毎日生活させて頂けることに感謝し、努力精進することを忘れず、御皇室の御先祖の神である「伊勢神宮」は生きていく上で必要な全てが祀られており、「橿原神宮」は第一代の天皇、神武天皇と皇后が祀られ(建国の御祖神)、「泉涌寺」は御皇室唯一の菩提寺であり、参拝させていただく事が、一人一人の精神文化を育てていく大きな価値となる事と確信します。

vol.6 関相談役

支部名:大森八幡支部

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1. 一番の思い出

 

第1回の青年部三聖地巡拝錬成のみ、たまたま欠席でした。2回目以降、連続参加させていただきました。
第8回か9回目の三聖地巡拝錬成に友人2人が参加していただいた時、2人共大変おどろき又感動してくれたのがとても嬉しかった事が思い出されます。
自分自身が一番感動しましたのは、泉山行事です。金剛宝塔の前に立った時、なぜか感動して泣いていました。

2. 一番辛かったこと

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若かったのか辛かった事より楽しかった事の方が多かった思いです。無理矢理思い返せば何年間かの期間、バスに冷房設備が無く、車内が暑かった事かな?それでも楽しさの方がずーっと勝っていましたよ。

 

 

3. 激励の一言

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若い方々の参加される夏の三聖地巡拝錬成に重ねて参加される事により、やがて支部の幹事さんになられる頃、金剛さまが世界五色人種がやがて三聖地へ額づく時代が、かならずやって来ますと御指導をいただいております。そうです、解脱会のもっとも大切な行事であります4月1日から3日の三聖地巡拝へ参加させていただける精神が育つと思います。

4. 価値について

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上記につながりますが、尊者立教の大目標は日本の御皇室の伝統精神を基に、敬神崇祖、報恩感謝が基本であります。
神武天皇以来、第126代(令和天皇)に至りますまで国家、国民の安泰、世界の平和を2682年間、祈りつづけて下さる方は我が国の陛下だけです。やがて世界が争いにつかれて、それからの生きる希望を日本の天皇陛下の祈りの生き方を求めるでしょう。この事が三聖地の価値です。

vol.5 廣川相談役

支部名:南新宿支部

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1. 一番の思い出

 

私は第一回三聖地が開催された際、年間行事が数多く計画されていた状況にもかかわらず、さらに大きな行事が組まれたことに不満を抱き参加しませんでした。第二回は是非参加したいと思っていたのですが、病気になって参加が叶わず、最初に不満に思ったことでこの様なことになったことが悔やまれてなりませんでした。以上のような経緯があり、初参加は第3回巡拝錬成でした。

その頃からお誘い活動が活発になり、青年部が3人1組になってお誘い家庭訪問をした結果、一緒になって活動した人との交流が頻繁になり、現在では親子孫曾孫までのお付き合いをしています。巡拝錬成の回数を重ねるごとに参加人数が増え、なお一層士気を上げようと、高校時代応援部に所属していた経験を生かし解脱金剛宝塔前で、(※)『同志の桜』と(★)軍歌の替え歌のエールをとって全国の青年部が一つになって腕を組み肩を組んで歌を歌ったことが一番の思い出です。

【同志の桜と青年部錬成歌の歌詞は下記の通りです】

※『同士の桜』

 (軍歌『同期の桜』の替え歌)

1、貴様と俺とは 解脱の仲間

   同じ解脱(おしえ)の 庭に咲く

  咲いた花なら 散るのは覚悟

   みごと散ります 法則(のり)のため

2、貴様と俺とは 解脱の仲間

   同じ解脱(おしえ)の 庭に咲く

  心で誓った 仲ではないか

   光栄(はえ)のこの道

         行こうじゃないか

3、貴様と俺とは 解脱の仲間

   同じ解脱(おしえ) の庭に咲く

  登る朝日の 霊地の空に

         みごと輝く五輪塔

★軍歌の替え歌

ああ あの顔で あの声で

 友よ頑張れ 幸あれと

祈ってくれた 先輩の

 後に続こう 勇ましく

 

ああ 精鋭の 青年部

 我等日本の 国柱

行く手に苦難 あろうとも 道に

 

ああ 堂々の 青年部

 真理つかめば 身は踊る

貫き通せ 誠もて

 平和の建設 我が使命 

2. 一番辛かったこと

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毎年開催される行事のため、年を追うごとに参加人数を増やさなければならず、私自身も何度も心が折れそうになりましたが、目標人数達成のため青年部役員に、役目とはいえ発破をかけ続け、時には精神的に追い込んでしまったことが一番辛かったです。しかし一方、目標へ向けて全身全霊で取り組んだお蔭で、結果的に全国で8,747名という大勢の方に参加していただくことができました。

また、支部や教区の子ども達のみならず、学生時代の友人や職場の同僚や得意先の人をお誘いし参加してもらいましたが、私は青年部役員のお役目があったため、お誘いした人達の面倒が見られなかったことが辛かったです。しかし、その人達が私の立場を理解してくれていたので、お互いに交流を深め、仲間となって毎年参加してくれました。

 

 

3. 激励の一言

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「尊い聖地へ参拝させて頂く」という心構えが大切ですが、本心からそのように思える人は稀だと思います。肩肘を張らずにまずは参加してみて下さい。

参加しなければ感動や喜びは得られません。ここから素晴らしい人生がはじまります。仲間を誘って参加しましょう。

4. 価値について

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日本民族の誇り(世界平和に向かってのシンボル)

世界のあらゆる民族の代表参拝

vol.4 宮島相談役

支部名:御徒町支部

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1. 一番の思い出

 

この行事は青少年係の岸田敏一先生の発案で昭和41年の8月に始まりました。

私は3回目に参加したと思います。服装は白帽子、白シャツ、白ズボン、白靴でした。

全国から青年部が結集して、各地の産物等と交換をして楽しく、灼熱の太陽の中で、三聖地巡拝錬成が行われました。弁論大会を開催したり、京都での鼓笛隊のパレード等工夫をして金剛宝塔の前での金剛さまへのお誓い等、参加した多くの青年が育って行きました。しかしある先生の指導で第33回で終わり残念でした。

暫くして青年部から青年部三聖地巡拝錬成を実施したいとの要望があり、2年に1度の再開となり現在に至りました。

2. 一番辛かったこと

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特に辛かったと言うより行事中は輸送の係の時は走り回って大変忙しかったが楽しかった。

 

 

3. 激励の一言

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青年部三聖地巡拝錬成を日本中に広めて大勢の青年が集える立派な日本人を育てる覚悟で取り組んでいきましょう。

4. 価値について

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金剛さまは、「伊勢神宮は日本民族の大御親、橿原神宮は建国の祖神、御寺泉涌寺は御皇室の菩提寺である。今後、日本がいかなる事態になろうとも、我々解脱会員は国民の代表としての覚悟で参拝し、その護持に当たらなければならない。」として昭和16年4月金剛さま自ら巡拝を挙行された。その心意気が判らなければ価値がないと思っています。

vol.3 稲子相談役

支部名:中野支部

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1. 一番の思い出

 

私が東京第三教区青年部長在任時に、第一回の巡拝錬成が始まりました。それまで四月の巡拝は支部から参加していましたが、青年部だけで行う巡拝は未経験のことですので、期待と不安が交錯する中で第一日目を迎えました。しかし、参加してみると結団式において白帽子、白シャツ、トレパンに統一され整然と隊列を組む青年集団を目にした瞬間、爽やかな一体感が盛り上がり凛とした同志的結合意識が全体を支配したことでした。こうした雰囲気は、それまでの青年部活動では経験したことがなかったのです。参加者全員が「来てよかった。実行して良かった」と感激したことが一番の思い出になりました。

2. 一番辛かったこと

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青年部による巡拝錬成が本部から発表された時、東京地区の教区・支部では必ずしも満場一致で歓迎された情況ではなく、その実施については、反対を唱える教区長や支部長がいました。その反対理由は次の通りでした。金剛さまが指導された巡拝は、四月一日から三日における行事であり、金剛さまが定められた時期に参加するからこそ修行となり錬成の意味があるということでした。青年本部では、四月一日からの三日間は会社企業では年度始めであり、学生は新学年度で入学式などもあり休暇が取り難いので夏休みの期間に行えば大勢の参加が可能と判断した訳です。しかし、反対の人達は、それだからこそ、その困難を乗り越えていくかが錬成であり、自分たちの都合の良い夏休みの期間に行うのは錬成に値しないというものでした。私の所属する支部長は強烈な反対派でしたので、どうしても参加するのならば参加者は全員支部から「破門する」と宣告されました。この事態に私は巡拝錬成は諦めざるを得ないと覚悟しましたが、当時の教区長が懸命に支部長を説得してくださり、支部を破門されたら教区長の支部で引取るとまで応援してくれましたので、これには支部長も最後には参加することを認めてくれました。辛い思い出ですが、この事態もよい錬成であったと受け止めています。

 

 

3. 激励の一言

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三聖地は敬祖崇祖の「根本拠点」であり、大和民族生成の原点であります。ご皇室は国民と共にあり、国民もご皇室を敬愛し、君臣一如は国歌「君が代」に詠われる通りであります。

三聖地それぞれが保有する神気・霊気を自ずからの霊性で受け入れること。そのためには一回の参加のみに終わらせることなく、可能な限り毎年参加し、自己の霊性・霊格の修業の場であることを「心」して下さい。

4. 価値について

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解脱金剛尊者の国家観及び大和民族のお役目と生き方を自ずからの霊性で知覚し、自己の霊格(人格)を研磨することが錬成の価値であります。

vol.2 渡辺顧問

支部名:川崎中島支部

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1. 一番の思い出

 

私が初めて青年部三聖地巡拝錬成に参加したのは、現在より40年ほど前で、自身が青年部員ではなく支部青年部担当幹事の時でした。

その頃、支部青年部も活性化しており、青年会には40人以上の青年が参加してかなり活気のある雰囲気で行われておりました。

そこで、その青年部部員と学びとレクリエーションを共にして、より良い方向に導いて行くために2~3人の支部青年部担当幹事の役目が組織として誕生しました。

当時の青年部三聖地巡拝錬成は、親子・孫と共に参加出来、私も家族・親族と一緒に参加せていただき、私どもの支部でもバス2台で80名の参加が出来てとても有意義で感謝に堪えません。

参加させていただき「一番の思い出」は、伊勢神宮での参拝時で、早朝に静寂で神気に満ちた参道を親子と支部青年部部員と共に団体で参進し、日本民族の大御親である神宮に額づかせていただけたことです。

 

「追記」なお、当時の青年部三聖地巡拝錬成は、前述のように親・子・孫で参加することが可能で、その後の家族の繋がり、青年部部員同士の繋がりなどが親密になり、また、親会も青年部三聖地巡拝錬成に子供を押し出す努力を惜しまないなど青年部の活性化に繋がっていたものと思われます。

2. 一番辛かったこと

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私自身は「辛かったこと」はありませんでしたが、「注意していたこと」は、参加した青年部部員が事故も無く元気で帰宅していただけるように導くことでした。

ただ、参加した青年部部員に聞いたところ、皆さんが「一番辛かったこと」と思っていたのは、橿原神宮における炎天下での参拝でしたと、のことです。

 

 

3. 激励の一言

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伊勢神宮・橿原神宮・御寺泉涌寺の三聖地は日本の国・日本民族にとってかけがえのない聖地でもあり、その聖地に額づける誇り・喜びを一人ひとりが心中に刻んでいただきたいものです。

また、解脱金剛さまの強い信念と、先人先覚者の方々の弛まざる努力のお蔭により解脱会と伊勢神宮・橿原神宮・御寺泉涌寺の三聖地は、お互いに深い繋がりが出来ております。

 

三聖地の方々にとって代々、解脱会に対してとても深く強い信頼感をお持ちで、解脱会の三聖地巡拝・青年部三聖地巡拝錬成をお迎えすることは、全てに失敗のないように、また、気持ち良く参拝していただけるように気配りなど細心の注意をはらって毎回神経を磨り減らしているとのことです。

 

このことは、皆さんが解脱会会員として参拝させていただくからであり、通常では考えられないほどの厚遇なのです。

 

三聖地の方々の心を心として、皆さんも素晴らしい解脱会の会員として節度ある団体行動を心掛け、巡拝錬成でありますから多少は厳しいこともあると思いますが、健康に留意して参拝し、元気で帰省して下さることを祈念しております。

4. 価値について

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私の念願は、日本の国の素晴らしさを未来世代に伝え広めて行くことです。現在、一般的な若い方は素晴らしい日本国・日本国民である意識が薄れてきているように思われます。

 

日本国の風土は四季があり野山には四季折々の花や木々が色づきとても風光明媚な景色で、その上、伝統文化が国民の情緒を豊かにして、自然に親しみ勤勉で他人に優しい心を育んで来ました。

ところが、地球温暖化により四季が薄れると共に人々の心も変化して以前の日本国民の意識とは異なって来ております。

この状態が続けば日本の国は崩壊の一途を辿ることになりかねません。

そこで、三聖地巡拝錬成は青年にとっても親世代にとっても三聖地に額づき、自然に近い環境の中で、日本民族の大御親・建国の祖神・御皇室の菩提寺に参拝させていただくことにより、改めて日本の伝統、素晴らしさを思い出させてくれる最良の機会にもなるものと確信しております。

解脱会の役目もここにあるものと考えており、神・仏の心を心として、世の為、人の為に尽くせる青年を育むためにも青年部三聖地巡拝錬成は大切な行事であると思います。

アンカー 1

vol.1 岡野理事長

支部名:埼玉北本宿支部

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1. 一番の思い出


私が高校三年の時に、支部青年部班長を拝命し、班長として「青年部三聖地巡拝錬成参加者倍増」を目標に、年頭より勧誘活動に奔走し、前年度参加者 13 名から 30 名に倍増。翌年より、70 名、140 名、230 名と増え続け、270 名参加に到達いたしました。その間、三度の全国表彰を受けることができました。青年部員の一人ひとりの努力が評価される中で、大きく成長する部員の姿は、とても頼もしく輝いていました。それは、筆舌に尽くしがたい喜びでした。そうした活動を通じて、さまざまな恵みとご先祖の強い働きを実感することができたことは、一番の宝であり、思い出です。

2. 一番辛かったこと

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自分の子供たちが小学生に上がったら、「青年部三聖地巡拝錬成」に一緒に参加すると決めていたので、行事としての巡拝が中止になるまで一緒に参加しました。巡拝中は子供のことが気がかりで、特にトイレの場所は、すべての行程で必ず確認する必要がありました。団体行動を乱すことや進行の妨げにならないように気を配りながら子供を世話したこと以外、ほとんど記憶に残らない「青年部三聖地巡拝錬成」の参加であったことが、残念でもあり辛いことでした。子供が何かを感じ、学んでくれることだけを念じながらの巡拝参加だったと思います。

 

 

3. 激励の一言

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日本を背負って立つ志を持つ青少年の育成は、寸時も猶予の出来ない極めて重要な命題です。未来の日本の姿は、現在の私たちの営みの積み重ねの先に見えてくるもので、とりわけ青少年の意識が日本の未来の羅針盤であると云えます。人間の精神的成長は、一生懸命な努力とひたむきな願いによって、もたらされるものです。多くの人々の人生を豊かに導く人材の育成のために、「青年部三聖地巡拝錬成」を堂々と社会に宣布されますことを願っています。

4. 価値について

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日本の三種の神器は、智仁勇の三徳を表すと云われます。その徳は、この世に日本民族が誕生した起源を認識することによって、正しく培われ、その徳力を増します。日本民族に与えられた使命は、解脱発祥の国土に住まわせていただいていることにすべての意味があります。
三聖地に額づき跪き、深淵なる神々の鼓動とぬくもりを感じる巡拝は、日本民族の潜在力を正しく引き出し、開花することを促す機縁となるのです。
そこに重要な意味と価値があります。

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