三聖地 ふしぎ発見!

~三聖地クイズ大会~

未知なる世界へ踏み出そう!

目指せ、三聖地マスター!!

第2問の正解発表

~解説~

第1回:450余名

第2回:600余名

第3回:835名

(昭和43年9月「解脱青年」より)

第2問

青年部三聖地巡拝錬成1~3回目の参加人数に最も近いものは、次のうちどれでしょう?

正解は「4:458人、603人、835人」

1回目から、どんどん人数が増えていったのね。なぜかしら?

そのヒントとなる参加者の感想等が当時の「解脱青年」に掲載されていたから、紹介します。

記事を読んで参加者の喜びの声に触れてみましょう。

【参考】

「聖域をめぐって」
〜第1回三聖地巡拝錬成を省みる〜

(昭和41年11月 第42号「解脱青年」より)


〇感想文(1人目・一部抜粋)

(中略)

 炎天下の行進、雨の中の行進、バスに詰め込まれて自由にならない体、大分練成させて頂きました。でも「楽しかった」と素直にいえることは、価値ある修養であったからこそと思っています。
 これからの現代青年は、あまりにも生活が合理化しすぎ、恵まれすぎて、ひ弱い面が目立ってきているようです。もっと自分の意志を強くもち、精身修練の場へは積極的に参加して、他力本願にならずに、何事も自分の力で解決していく強い人間にならなくては、いただいた夢も希望も達成されず、悔いの多い人生を過してしまうのではないでしょうか。
 この巡拝練成に参加させて頂いて、団体行動が私たち若人にはいかに大切か、痛感させられました。わがままや勝手な意志は許されない。自分の意志は一切なくして一体となって行動すること  ― これは、自我を押し通す私には、良い教訓となりました。

〇感想文(2人目・一部抜粋)

(中略)

 伊勢の外宮側で関西方面のみなさんと一緒になり、気持もあらたに豊受大神宮前に整列して日本の農業、産業が今日繁栄してあることを感謝したが、その報恩の深さに今更ながら頭が下がる思いでした。
 外宮参拝後、内宮におもむき、昼食後、関東以北の方々と合流し、隊列を整えて、神々しいまでに掃き清められた参道の玉砂利を踏みしめる。おのずから衿を正さずにはいられないほどの、あの感動は一生忘れることができません。
 そして、いっそう深く解脱のみ教えを心に刻みこんでこの巡拝に参加できたことを感謝せずにはいられませんでした。
 旅館についてからは、各教区交歓会、演芸会となごやかな中にも規則正しい練成行事。
 「参加して本当によかった」
 つくづくそう思いました。

〇事後に行われた全国青年部長会の報告

【全国青年部長会】

10月9日、秋季大祭前祭終了後の御霊地で、全国の青年部長たちが一堂に会し、み教え布教のため若々しい情熱を注ぎ、人心救済、世相浄化へ精魂を傾けることを誓い合った。

(中略)


~楽しかった夏の思い出~

 青年たちの間で話題の中心となったのは何といっても、この夏はじめて行った青年部独自の“三聖地巡拝練成”のことだった。酷暑のさ中に、伊勢-橿原-京都と巡った楽しい想い出の数々や苦労話に花が咲いた。
 「あの時の日焼けがまだとれなくて」
 と女子部長が笑いながら腕を出す。
 「もともと黒いんでしょう」
 とすかさず声が返る。
 目いっぱいのスケジュールに、追いまくられるようにしてこなしていった強行軍だっただけに、思い出も一段と深いのだ。鳥羽の海は、爽快だったという人、夏の京都もいいものだと知ったという人、それぞれの胸の中にそれぞれの感慨がこもっていて、話題はつきない。すかさず岸田青年部長が
 「来年もやりますか」
 と声をかける。ワーッと拍手が湧いた。もちろん、もちろんと口々にいう。都合で今年参加できなかった部員にも、あの日の感激を味わってもらいたい、一度味わった感激は何度でも味わいたい。青年部三聖地巡拝は、みんなの胸の中で、すでにこれからさき永久的につづけられねばならない、既定スケジュールとされているのだ。
 早速、スケジュールの検討がはじまる。8月12日から15日にまたがる日程だと、旧盆にかかり参加できない人が出てくる、という地方部員の声があり、早速1、2週間繰り上げようと話がまとまる。
 「その線に沿って日程をまとめ、できるだけ早く通達を出します」
 と岸田部長。拍手がつづく。