三聖地 ふしぎ発見!

~三聖地クイズ大会~

未知なる世界へ踏み出そう!

目指せ、三聖地マスター!!

第9問の正解発表

第9問

御寺泉涌寺は以前は一般人の参拝は許されていませんでした。 その為、金剛さまもご参拝される為に、方々に模索を行い、ある民間の護持団体に加盟する事で諸堂に参拝が出来る事を知りました。さて、その護持団体について、金剛さまにご教示頂いた方は"どこのどなた"で、また、その団体は"何"という護持団体でしょうか?

正解は、

「4:浄光明寺(みょうこうじ) 大三輪信哉(おおみわしんさい)」

「1:泉涌寺教会」

~解説~

金剛さまが長年にわたり念願であった、伊勢神宮、橿原神宮、御寺泉涌寺への巡拝、しかし当時の泉涌寺は御皇室の菩提寺であるが故に一般人との関わりを持たず、拝観謝絶を貫いていました。そこで金剛さまは何とか泉涌寺参拝の道を開くため方法を模索していた中で、昭和14年に泉涌寺派の寺院である鎌倉の浄光明寺の住職で大三輪信哉と知り合う機会を得ました。民間の護持団体泉涌寺教会」に入会すれば諸法要に参加でき、その時に諸堂への参拝もできることを知りました。そこで「泉涌寺教会」に144名の会員と共に入会され、泉涌寺を訪問し椋本龍海(むくもとりゅうかい)長老に面会し、解脱会が単独で参拝することができないかと話し合われました。(※話し合いの内容について下記をお読み下さい。)その後、解脱会単独参拝が諒承されました。諒承されたのは、泉涌寺寺録によると昭和15年5月に訪問された時と記されています。

金剛さまは、聖紀元年を期して念願の第1回巡拝を挙行されました。

(参考:解脱金剛伝

    第二巻 439~442ページ

    第三巻 39ページ)

大きな壁となっていた泉涌寺の単独参拝はどの様に実現されたのかな?

金剛さまが最も困難を感じていた泉涌寺の参拝ですが、浄光明寺の住職で大三輪信哉を通じ泉涌寺に連絡をとって頂き、椋本龍海長老との面会の手続きを整えて頂きました。

椋本長老との話し合いの中で、大三輪信哉から「岡野さんは大勢の護持会員をつくられましたが、護持の実績はこれからあげていただけねばなりません。そこでもう少し様子を見て、一層会員を増やし、護持の実績をあげられるようであれば、その時点で再考するということでどうでしょうか」と提案がありました。

その言葉を聞いて椋本長老は考え込みました。

***以下、金剛伝第二巻 441~442ページより***

国家の非常時にあたって、天皇陛下と御皇室に対して赤誠の心を養い、日本精神を涵養していくためには、いつまでも国民に対して門戸を閉ざすことなく護持と参拝の道を開いてゆくべきだとの声が大三輪たちを中心に広がり、最終的には椋本長老がその意を汲んで泉涌寺教会結成の断を下したのである。それだけに、会長の気持ちもわかるのだ。しかし、これ以上無制限に門戸を広げれば、御寺としての権威がそこなわれ、これまでのように拝観を謝絶すべきだとの意見が出てくることも十分に考えられる。

"だから大三輪は、誰もが納得できるような実績を岡野さんが上げた暁に、その功をたたえる意味において特別に許可を与えよと言うのだな"

どうも、それが一番いい方法に思える。

「なるほど」

しばらくして長老は言った。

「大三輪さんの話はもっともだ。岡野さん、そういうことでいかがですな」

「もちろん、異存がございません」

「よろしい。では十分に実績を上げられた時点で、改めて検討させていただくことにしましょう」

椋本長老はそう約束し、これで長時間にわたった会見を終えた。

***

金剛さまは大三輪のすべてにわたる手引きに感謝し、これから十分に認められるだけの実績をあげてゆくことを誓いました。それを経て単独参拝が昭和15年5月に諒承されました。