三聖地 ふしぎ発見!

~三聖地クイズ大会~

未知なる世界へ踏み出そう!

目指せ、三聖地マスター!!

第4問の正解発表

~解説~

神武天皇が国内を統一なさり、畝傍山(うねびやま)の東南・橿原の地に皇居を造られ、即位の礼を行われました。

明治時代に入り、天皇の御聖徳(ごせいとく)を永遠に尊び敬いたいという思いから、この地に神宮創建をという請願(せいがん)が民間有志より出されました。

明治天皇がこれを深くほめたたえ、明治23年(1890年)4月2日、官幣大社(かんぺいたいしゃ)・橿原神宮として御鎮座(ごちんざ)になりました。

(橿原神宮のホームページより抜粋)

http://www.kashiharajingu.or.jp/about/

第4問

橿原神宮はいつの時代に創建されたでしょう?

正解は「1:明治時代」

金剛さまが三聖地巡拝で橿原神宮を参拝されたのは、なぜ? 団体参拝の実現を!と思ったのはなぜだろう。

金剛伝にヒントがみつかったよ。

第1回の三聖地巡拝で、金剛さまは橿原神宮を参拝なされた時、団体参拝実現を決意されたようだよ。​

【参考】

 

【金剛伝第3巻 44頁より】

 空はまだ明るかったが、神苑の森に囲まれた参道にはすでに神灯がともされている。その中を一行は社前へと歩を進めた。境内の諸々がすべて一新されたの感があり、清々しい印象である。

 皇紀2600年、それは神武天皇から始まる日本の歴史を示している。そして今、皇紀2700年へと向かう新たなる時代が幕を開けた。「解脱講義」の第4講において会長は次のように述べている。

 

 一体日本民族の個性に徴(ちょう)して、如何なるを最も好ましき宗教なるやを問われるならば、私は立ち所に、日本建国の悠遠(ゆうえん)を基礎とし、是れに加味するに時代の歩調を以てすると、高く答えざるを得ないのであります。

 

 振り返れば前年の紀元節には大日本精神碑を建立し、これを記念して神武天皇の御尊像一万体を謹製(きんせい)し、会員たちに贈呈した。それはこの言葉通りの宗教を形造ってゆく懸命の努力が大輪の花を咲かせたことを象徴する出来事であった。ならば、次に来るのは豊かな稔りの季節である。その季節の始まりの時に、紀元2600年奉祝記念事業として整備拡張され、すべてが一新された感のある、神武天皇をおまつりする橿原神宮の社前に立つ感激は、ひとしお深かった。

 その感激を胸に、会長は真心を込めて参拝をした。

 神武天皇の建国の御心を我が心に体し、ひたすらに歩み進んでゆかんとの誓いが、祈りの中で全身全霊に満ち渡ってゆく。

 参拝を終え、静かに参道を戻る途中で会長は思った。

 “会員の誰もが、先ずこのようにして参拝をさせていただき、言葉に尽くすことのできぬ諸々の感激を深く噛みしめることが大切だ。来年はぜひとも団体参拝を実現せねばならない―”

​※続きは、金剛伝を読んでみよう。