三聖地 ふしぎ発見!

~三聖地クイズ大会~

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第11問の正解発表

第11問

泉涌寺に御陵があり、今上(きんじょう)天皇が即位の報告にも御行幸(ぎょうこう)なされた、明治天皇の御父様にもあたられる天皇の御名前は?

正解は、

「4:孝明(こうめい)天皇」

日本の第121代天皇。諱(いみな)【※1】は統仁(おさひと)。

称号は煕宮(ひろのみや)。

仁孝(にんこう)天皇の皇子(おうじ)、明治天皇の父。

一世一元(いっせいいちげん)の制【※2】制定前に即位した最後の天皇。また、生涯を通じて平安京内で過ごした最後の天皇でもある。

 

【※1】諱:生前の名前。

【※2】一世一元の制:君主(皇帝、天皇、国王)1人につき年号(元号)を1つ制定する制度。

※ 参考:https://ja.wikipedia.org/ (孝明天皇)

【2019年11月27日 毎日新聞より】

 天皇、皇后両陛下は27日午後、京都市の孝明天皇陵で即位の礼と大嘗祭(だいじょうさい)が無事に終わったことを報告する「親謁(しんえつ)の儀」に臨まれた。

なぜ泉涌寺は、御皇室の菩提寺(ぼだいじ)なの?

(菩提寺とは、先祖代々のお墓のあるお寺のこと。)

皇室との特殊の縁故(えんこ)は、月輪大寂(じゃく・※1)後(安貞(あんてい)元年・1227)4年を経た寛喜3年(1232)に第87代四条天皇として即位されたが、開山月輪大師(がちりんたいし)の再来かと噂されながら僅か12歳にして崩御(ほうぎょ)された。これよりさき御父後堀河(ごほりかわ)天皇は泉涌寺山内の観音寺陵に奉葬されていたが、四条天皇はこの御父の山陵と深いゆかりの泉涌寺を強くお心に止められ、月輪大師の御廟(ごびょう)(開山堂)の近くに御自身の御陵を築くよう御遺言されたという。こうした縁故に続いて、南北朝時代の文中三年(1374)後光厳院(ごこうげんいん・※2)をここに御火葬申し上げてから前後九代の天皇の御火葬所に当てられた。さらに第108代後水尾(ごみずのお)天皇から明治天皇のお父様の孝明天皇に至るまで歴代天皇・皇后・皇族の廟所(びょうしょ・※3)となり、皇室の御香華院(こうげいん・※3)(御菩堤所)と定められた

(御寺泉涌寺ホームページより)

※1:寂とは、仏道の修行により、生死を超越した悟りの境地に入ること。僧が死んだことを表す語。

※2:後光厳院とは、後光厳天皇のこと。

※3:廟所とは、祖先や貴人の霊を祭った場所のこと。

※4:香華院とは、祖先の墓碑を安置して香華を供える寺院のこと。