「改めて感じる父親への感謝」

青年本部長 岡野 孝行

 「孝行が生まれた時は、2日間、誰も病院に会いに来てくれなかったのよ」

 今から44年前の6月6日、母が私を生んだ時のことを振り返る時、必ずといって良い程口にする言葉です。父親もお役目で忙しかったであろうし、5番目の子どもということもあり、そこまで大騒ぎの事でもなかったのだろう、と聞き流していましたが、少しの寂しさがあったのも正直なところでした。

 昨年4月4日父親が亡くなった翌日、大変勿体ないことに、醍醐寺座主の仲田順和猊下が実家まで弔問に訪れて下さいました。今思い起こすと大変恐れ多いことであります。

 その際、仲田猊下と母が言葉を交わす中、昔父が醍醐寺で修業をさせていただいたことに話が及んだ時、「その修業中に生まれた子がこの子なんですよ」と、母が私を見ながら言いました。ただでさえ緊張している状況の中、唐突の話にビックリして頭の中が真っ白になりながらも、座主猊下に必死で頭を下げたのを、今でも思い起こします。

 このことを聞いた時、今まで感じてきた寂しさが、頭の中から吹っ飛びました。どれだけ辛い修業であったかは想像できませんが、必死に修業を成満し、疲れの中私に会いに駆けつけてくれた父親の思いはどうだったのか、自身が父親になった現在、感慨深い思いにかられます。

 昨今の活動自粛を必要とされる社会情勢下にありながら、ありがたいことに、自宅でのテレワークの時間中に産後5か月になる子供と関わる機会を多く与えていただいております。この年になって初めてのイクメンへの挑戦ですが、どれだけあやしても寝てくれなかったり、泣き止んでくれなかったりと悪戦苦闘しております。そんな時には、ついイラっとしてしまったり、心が折れそうになったりしてしまうことも多々ありますが、不思議と純粋でかわいい笑顔を一つ見せられるだけで、そんな気持ちも吹き飛んでしまいます。これが親心というものなのかなと、しみじみ感じております。

 きっと、44年前に醍醐寺での修業を終え、私に会いに来てくれた父親は、(当時はまだ)純粋無垢だった私を笑顔でやさしく抱っこしてくれたのではないかと思います。そのようなことを思うと、たくさんの愛情を注ぎ育ててくれた父親の恩に、感謝の念が湧き上がるばかりです。

 父の日を迎える今月は、親になったからこそ感じられた父親のありがたさを、しみじみと噛み締めつつ、感謝の心と、その恩返しの気持ちで、妻や子供、母や兄弟に愛情を注ぐ生活を心掛けたいと思います。また、天茶のご供養を通じて父親に感謝の気持ちを伝えたいと思います。

 どうか皆さんも今月は、どんな形であれ、命の源であるお父さんに、感謝の気持ちを表現してみていただければと思います。