「新居を購入にあたっての学び」

青年本部長 岡野 孝行

 澄み切った空気と穏やかな天候に、秋の深まりを感じる11月となりました。

 「天高く馬肥ゆる秋」、心身ともに快適に暮らせる秋を表現する言葉としてよく引用されますが、食欲を増し、たくましく肥える馬のように、もしかしたら皆さんの中にも、私のように、この食欲の秋にウエストが‘思わぬ成長’を遂げられた方もいらっしゃるのではないでしょうか。新型コロナウイルスの状況も一旦は落ち着いた状況にありますが、これからはさらに風邪の流行りやすい冬の時期を迎えます。今まで同様に感染対策をしっかりと取りながら、適度な娯楽、適度な食事を心がけ、この好季節を楽しみながら、日々の生活を送らせていただきましょう。


 さて、私事になりますが、この度マイホームを購入し先月後半より、新生活をスタートさせていただきました。今回はマイホーム購入にあたって、気づかせていただいたこと、学ばせていただいたことをお伝えさせていただきます。

 年も年だし(今年45になりました)、そろそろ家を・・・とおぼろげながら考えていた、夏の始まり頃でした。実家に行った際、ふと、御神前に年季の入った額縁が置いてあるのを見つけました。母に訪ねると、岡野家の家訓として昔は御神前に飾ってあったとのことでした。そこには次の文章が記されていました。


 「奉先祖代々之霊魂舎拝(せんぞよよのたましいたまやはいしたてまつる)」

奉魂霊舎鎮(たましいたまやにしずまりたてまつる) 御祖之御魂魄代々(みおやのみたまよよ) 御祖等之御霊を始め(みおやらのみたまをはじめ) 代々之親族等の御霊奉百拝(よよのうからやからのみたまおがみたてまつる) 

 過犯事無有(おかすことある) 見直志聞直志(みなおしききなおし) 家にも身にも抂事無(いえにもみにもまがことなく) 令寿命長給(じゅみょうながらえしたまい) 弥益子孫の嗣嗣(いやますうみのこのつぎつぎ) 令栄昌給(さかえさかえしめたまい) 家名不貶祖名不失(かめいおとさずおやなうしなわず) 家内和順仁(かないわじゅんに) 御祭緩怠事無(おまつりゆるみおこたることなく) 令奉仕給(つかえせしめたまい) 恵給令幸給と奉念誦(めぐみたまいさいわいせしめたまえとねんしょうしたてまつる)


 この言葉は、解脱金剛伝第二巻のP151にも掲載されており、現在の朝夕の勤行の元となった「天津祝詞之太祝詞(あまつのりとのふとのりと)」と共に昭和7年に発行されたもので、「天津祝詞之太祝詞」が神に奏上するものであるのに対し、この「奉先祖代々之霊魂舎拝」は祖先に対して奏上するものなのだそうです。

 非常に難しい文章ですが、私なりに以下の通り理解しました。

 先祖代々の御霊魂様がお鎮まりになる場所【御神前や仏壇等】を拝し、親、親族代々の御霊魂様を篤くお祀りし、日々の生活における過ちをしっかりと反省し改め、家や身に禍が降りかかることなく、寿命を全うし、子孫を繫栄させられるよう、決して家や親の名を汚すようなことはせず、家庭内の和を重んじ、日々ご先祖様を丁重にお祀りすることを怠らずに、役目や天職にお使いいただき、幸福に恵まれるようにと、念じ唱えお誓いさせていただきます。


 正に、これから家を持ち、人生の新たな一歩を踏み出そうとしていた私の心にずっしりと響く内容でした。

 更には、以前、理事長よりいただいた、家に神を祭祀させていただくことは、その家自体が神の社となり、住む者は神の眷属(けんぞく)【お使い】として、その役目に精進しなければならないとのご指導も、改めて頭に浮かび、家を構えたものとして心すべきこととして、「奉先祖代々之霊魂舎拝」と合わせて、胸に刻まなければいけないと強く感じました。

 新生活に移り、まだまだ落ち着かない部分もありますが、日々お守りいただいている、神々様、ご先祖様への感謝を忘れずに、いただいた恩に報いる生活を送らせていただかなければと、心に誓った出来事でした。

 今月は4日に京都の御寺泉涌寺にて解脱金剛73年祭(御法要)が、28日には第141回解脱金剛御生誕祭が北本御霊地にて催行されます。行事に参加される方はもちろんのこと、リモート参加や事情により参加できない方も、日々の生活において、正しく私たちを導いて下さるみ教えをお遺しくださった金剛さまに対し、感謝と報恩のお誓いをさせていただきましょう。