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「神様の愛の形を実践しよう」

青年本部長 岡野 孝行

 野山が桜色から、鮮やかな緑に衣替えを済ませる季節を迎えました。若葉が萌え出ずる5月の暖かな大自然の陽気に習い、暖かく穏やかな心で日々を過ごさせていただきましょう。


 「神意同仁」

 解脱を学ぶ方であれば、このお言葉は一度ならず数回は目にしたり聞いたりしたことがあるのではないでしょうか。先日、調べ物をするために解脱金剛伝を開いた際、偶然この言葉が目に飛び込んできました。どうしても気になったので、本来の目的を忘れ、改めてその意味について金剛さまがご説明をされたお言葉を確認することとなりました。


 「謹而(つつしんで)此処(ここ)に曰く天とは宇宙の主宰者たる神を指し兼ねて愛とは、天下の万民世界の、人類を一視同仁(いっしどうじん)、平等一如(びょうどういちにょ)に兼備(けんび)、愛するの義なり」


 だいぶ難しい文章ですが、私なりにだいぶ簡潔にして、次にように解釈しました。

「天とは宇宙の中心である神様のことを言い、また、その神の愛とは地球上に存在するすべての人間を差別することなく、一人一人を平等に愛することである」


 金剛さまは、このお言葉を昭和10年のある新年会の場で書かれていますが、その時のご口演では、珍しくご自身の過去の体験談をお話しされ、ご自身が放浪されていた時代に、心配し続けて下さったご両親にお話が及んだ際には、涙を流されていたそうです。


 話は少し変わりますが、先日、あるボランティア団体の活動に参加し、野宿者(定住する場所がなく路上等で生活する人)の方々に食料を配布する活動のお手伝いをさせていただきました。お手伝いといっても、ただ同行しその様子を見守ることぐらいしか私にはできませんでしたが、実際に体験することでいろいろな気づきをいただきました。

 ひたすら食料の配布をして回る作業との先入観で参加しましたが、いざ同行させていただくと、健康状態に合わせた食料の準備に始まり、お会いした際には近況を伺ったり、専門の受入施設の案内や生活保護の需給を促したりと、一人ひとりの状況に合わせ、相手を思いやった心通うご支援をされていることに感銘を受けました。

 一般社会から隔絶してしまっている野宿者の方々に対し、無条件に手を差し伸べられ、社会とのつながりを再度作り、これからの生活を送っていただけるようご支援をされているボランティアの方々の姿は、まさに与えて求めない精神が行動として現れたものとして、心に強い衝撃を受けると同時に、自身の活動を顧みさせられる、大きな機会となりました。


 今回の経験を通じ、どのような状況にあろうとも、人間同士が助け合うことこそが、神様の与えてくださる平等の愛の表れなのではないかと、学ばせていただきました。冒頭にお伝えした金剛さまのお言葉「神意同仁」はまさにそのことを教えて下さっており、ご口演での涙は、放浪生活という苦難の人生を送られた金剛さまであるからこそ、その大切さを誰よりも感じられ、さらには、どのような状況にあろうとも常に温かい愛でご支援をし続けて下さった、命の授け元であるご両親への感謝の大切さを教えて下さる、エピソードであると感じます。


 金剛さまは、私たちは「神の分身霊」であると教えて下さっています。どのような状況にあろうとも、お互いを愛(いつく)しみ、助け合う心を普段の生活で行動として実践できるよう、努力精進して参りましょう。 

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