三聖地巡拝錬成を想った際に浮かんでくることは「感謝」
聖地での参拝、祈りはもちろんその行程の中で日頃気づかないところにありがたいと感じる場面が多々あります。
私の体験をお話しますと、幼少期に参加した時はバスの班長さんから「豊受大御神は衣食住の神様である」「天照大神はすべて大自然の神様である」と教わったあと、子どもながらにすごいところに行けるのだと興奮して寝付けなかったことがありました。その際に早朝5時台にバスの窓から日が昇る光景が見られ、その光の神々しさに感動していたことを鮮明に覚えています。「これも天照大御神の働きから今日も日が昇りありがたいな」と子どもながらに思っていました。またその後も食事を頂く際に「この食事は豊受大御神様から頂いたものなのだ。ありがたく食事させてもらおう」と子どもながらにそのようなことを心にとめながら参加していました。その感覚はいまだに同じで、三聖地に参加するたびに思い出し日々の感謝、生かされている感謝を申し上げています。それは、日々の勤行、支部の感謝会などとはまた別で感謝を申し上げる場と私の中では認識しています。
何より三聖地巡拝錬成で起きるすべてはありがたいと思えるように不思議と運ばれていきます。バスの帰り道が渋滞してもどうにか時間ギリギリに間に合って自宅へ帰れてありがたい、酷暑ではあるがお互いが助け合い工夫などを凝らししのぐことができておりありがたい、コロナ明けの時もどのように再開していくか周りの方々に相談しながら進めさせていただき、何を取ってもありがたいとなりました。
どうしてこうなるかと考えた時に、これという決定的なものはないのですが、きっと参加者の熱い想い、先人たちから受け継いだ伝統や、送り出していただいている支部長さん方様々な想いが重なり合い、どんな困難も乗り越えていけているのではないかと思います。良いものは良い、平和を願う想いは共鳴しあい良い方向、良い方へと向かうのではないかと思います。今から私たち一人ひとりが懸命に当日まで取り組んでいる姿からはきっと今回の三聖地巡拝錬成もきっとそれぞれの参加者にとって実りあるものになると確信しております。
最後に、青年部の三聖地巡拝錬成で欠かせないのは仲間と聖地に行かせていただくということかと思います。み教えを学ぶ私たち1人でも多くの青年部員、仲間とともに8月3日4日参集できるようお互いさまにお誘い、お声掛けに努力精進して参りましょう!
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