青年の主張

令和元年7月度

神静ブロック青年講座にて

神奈川教区・ 茅ヶ崎共恵町支部

道田 恵理子


 今回の内容は、昨年起こしてしまった追突事故から気づいたことについて、お話しさせていただきます。お聞き苦しい点があるとは思いますが、よろしくお願いします。


 昨年の10月の出来事なのですが、青年講座の日の朝、役員の集合時間に遅れそうだったため、高速道路を利用しようと急いでいました。高速道路に入る手前の合流地点で焦っていた私は本線に入るのが苦手なため、前方の車と一緒に本線に入ろうと後ろばかり気にして、よし行けると思いスピードを出したら前方の車は進んでおらず、追突してしまいました。

後ろしか見ていなかったため、一瞬何が起きたかわかりませんでした。

 前を見ると相手が車から降りてきて「何してくれてんだ」と怒鳴られ、私は「申し訳ございません」と謝ることしかできませんでした。幸い相手方は大きなケガはありませんでしたが、まさか、自分がこんな事故を起こすなんて思いもよらなかったです。

 気が動転して、どうしたらいいのかわからず、父に電話をして保険屋と警察に連絡するようにと言われ、警察へは相手が連絡してくれたので、保険屋に電話をし、状況を説明して、手順を教えてもらいました。警察が来るまでの間、相手と名前や住所などの情報を交換して、それでも時間が余ったので車の中で待っていましたが頭をよぎるのは起こった事実を受け入れられないことでした。ドキドキしながら警察を待ち、時間をかけて事故の状況を事細かに説明して、現場検証等の処理が終わり、相手方と場所を変えて少し話をしました。車には40代の夫婦と中学生と高校生の子供2人が乗っていましたが、お子さんは特に痛みなどはなく、ご夫婦2人が首の痛みを訴えていました。

 この事故のことを最初は家族と解脱の人、アルバイト先の店長と夜勤のおばちゃんにしか話せませんでした。聞いてもらったことにより自分だけではどうにもできない感情が少しは楽になりました。

 事故を起こす前の日、夜中の2時まで仕事で寝不足による疲労が一番の原因だったと思います。このことから講座の前日は無理せず、仕事を休もうと思いました。

 また、2日後くらいに急に「私はなんてことをしてしまったんだ。このまま生きていていいのか」と自分をすごく責めてしまい、涙が止まりませんでしたが、泣いたことにより、少し落ち着きました。

 そして、事故を起こしてから1週間後の御霊地の大祭の時に、久々に再会した友人に話を聞いてもらいました。その友人は医療事務をしており、「結構、事故で病院に来る人多いよ。むち打ちなら全然良いほうだよ。頻繁に起こってることだからそんなに落ち込まなくて大丈夫だよ」と言ってくれて、落ち込んでいた気持ちが楽になりました。

 もう一人の友人ともこの話をして、バイクと接触事故を起こしたことがあることを聞き、意外と周りでも起きていることなのだと認識しました。私は免許を習得してから約10年間、無事故無違反で来ましたが、いかに神、先祖に守られていたことに気づかされました。

自分の不注意によって起こしてしまった事故で相手に迷惑をかけてしまったことは、事故の大小関係なく、あってはならないことだと思います。

 今後、このようなことがないように気をつけなくては、いけないなと思いました。そして、私にできることはないかと考えた時に被害者のご先祖様のご供養をさせていただくことを思いついて、実行したところ、ちょっとスッキリした気持ちになりました。

 2週間程たった頃に仲の良いパートのおばちゃんには話したほうが、良いのではないかと思い、話しました。親身に聞いてくれて、10年前くらいに起こった旦那さんの事故のことを話してくれました。

自分のことを話せば、相手も話してくれるのだと思いました。

解脱の先輩にも10月の講座のときに事故の話をしていて、現状報告すると平癒祈願をさせていただくといいと聞き、「その手があったじゃん!早速させていただこう!」と思いましたが、中々手を出せず、今日もできなかったという日が続きました。後ろめたい気持ちを持ちながらもご修業の日になり、させていただくと自分では気づかなかったくらい肩に力が入っていたらしく、力が抜けて楽になりました。そうすると考え方も柔軟になり、いつもならイライラするところでしなくなって、心に余裕が生まれてきます。

 その後、なかなかできなかった平癒祈願をさせていただくことができました。痛みや苦しみが無くなること、日常生活が一日でも早く取り戻せること、そして幸せな生活を送っていただけますように祈願させていただきました。

 ですが、今回は心の片隅に気になっていることがあったので支部長に相談してみることにしました。内容は2つ。事故のことと仕事場での人間関係のことです。

 まず、1つ目の事故のことは、相手が車の査定を保証してほしいと要求していることです。被害者からしたら、当然のことですが、5年乗っている車のため保険屋では対応できないとのことで相手が納得してくれないため話が進まない状況でした。進展がないまま時間だけが過ぎていき、私自身不安な状態でした。

 このことを支部長に話すと「相手が何か言ってくるということは、自分も不満を言っているからだよ。だからスムーズに進まないんだよ」と言われました。それを聞いた時、1つ1つ意味があるのだと納得しました。

 確かに私は不満を口にすることがあるので、それが巡り巡って返ってきたのだと思いました。よく、人に良いことをすれば、それが違う形で自分に返ってくると言いますが、不満ばかり言っていたら、良くない形で返ってくることを実体験して、やはり日ごろの行いって大事なんだなとひしひしと感じました。

 次に2つ目の仕事場での人間関係のことは、私は嫌いになるとその人と話すのも顔を合わせるのも嫌になること。もし自分がされたら、相当落ち込みますが、どうしても相手のダメなところを見過ぎるとそこにしか目がいかなくなってしまうので、「また○○の補充ができてない」とか「廃棄漏れがこんなにあるよ」とか誰にでもあるちょっとしたミスが許せなくなってしまいひどい時は仕事の仕方まで気に入らなくなって相手には不快な思いをさせてしまっていることに本当に申し訳なく思います。次一緒に入るときはもう少し普通に接しようと思うのですが、なかなか上手くいきません。

 余裕があるときの自分は、私以外誰もやらない、ちょっとした仕事だけど、他の人は他の人で違う事をしてくれるので、うまくバランスが取れているから、それぞれできることをやれば、店は回っていくなあと思いますが、余裕がない時の自分は、なんで私ばっかりやらなきゃいけないの!他の人なんて何にもやってないじゃん!と周りが見えなくなり他人に対してイライラしてばっかりになります。

 このことも支部長に相談すると「心の器を広げていかないと些細なことにイラっとしちゃうんだよ」と言われ、これを直さなくては前に進めないと思い、少しずつですが直す努力をしています。

 結局、悩みの元はすべてつながっていて、自分の心を広くすることで今の悩み事が解決する近道になるのだと思います。相手を変えるよりも自分を変えるほうが簡単だと思うので、きっかけがないと何事も始められない私ですが、今回の追突事故によって、行動に移すきっかけをいただけたことは本当にありがたいことです。被害者のご家族にはご迷惑をおかけしましたが、このことが無駄にならないようにこれからの日常生活を送っていけるようにただただ努力するのみです。

 お蔭様で今年の3月に示談が成立して、保険屋の方も頑張ってくれて相手が納得するように運んでくださいました。苦しい時もありましたが、自分で蒔いた種なのでどんなことも受け止めて、反省するところは反省して、前に進んでいかないといけないなと改めて思いました。

 私にとって解脱は成長する近道です。解脱なしでは今の私はいないと言って良いほど、今までたくさんの気づきをいただきました。何気ない事、ひとつひとつにも意味があることを知ると解脱って奥が深いなとつくづく思います。

 これからもたくさんのことを吸収して、今、自分にできることを精一杯やらせていただきたいと思っています。

 ご清聴、ありがとうございました。