青年の主張

令和元年7月度 中部ブロック青年講座にて

名古屋第1教区・名古屋西味鋺支部 近藤 真生

 私は、今年の4月で社会人2年目になりました。

 勤めている会社は、日勤者関連の部品の販売を行っている会社で、仕事内容は、主に月々の売上・仕入実績のデータ作成や金型・固定資産の管理、取り扱っている部品は「どこから買って、どこで作っていて、どんな材料を使っているのか」などの情報管理を行っています。

 4月から、後輩が出来て、自分が仕事を教えてもらう側から、教える側になり、自分自身があまり説明が得意ではないため、最初は不安でいっぱいでした。しかし、先輩方にフォローしてもらいながら、後輩に仕事を教えています。また、自分自身が学ぶこともたくさんあり、日々勉強しながら、仕事に精進しています。優しくて、とても頼りになる先輩方と、明るく、何事にも一生懸命な後輩と、祖父と父を足して割る2したような癖の強い部長と、大変なこともありますが、楽しく仕事をしています。


 今回は、仕事の話ではなく、私が解脱に対しての想いについて、お話ししたいと思います。

 私は、解脱三世で生まれた時から解脱をやっていました。家が支部であったこともあり、幼い頃から、解脱行事に参加していました。幼い頃は、何かよくわからないけど、いろんなところに行けるから楽しいと思っていました。

 しかし、中学生になった頃から、なんで宗教をやらないといけないと思うようになり、解脱が嫌いな時期がありました。「オウム真理教」のこともあり、私自身もあまり宗教に対 して良いイメージを持てずにいました。ですので、友達にも嫌な印象を持たれたくなかったので、宗教をやっていることを言えない状態でした。

 中学3年生の時、部活の引退試合と三聖地巡拝錬成が重なりました。部活の引退試合が2つあり、私は前の大会に出場したので、重なった日の試合は出場しない為、支部長さんに勧められ、私は三聖地を優先することになりました.。その時、部活のメンバーに「なんで来れないの?」と言われたときに、「宗教の行事」とは言えず、「家族で旅行に行くから」 と言い訳したのを覚えています。

 三聖地巡拝錬成に暑い中参加して、2日目に熱中症で鼻血が出るハプニングがありましたが、神事を優先して良かったと思います。


 それでも、解脱が嫌いな私でしたが、その考えを変えてくれたのが、私が高校1年生の時に参加した、「青年研修」でした。

 参加をした動機は、祖母である支部長さんから勧められたのと、同じ支部の子と、仲の良い他支部の子が行くことになったので、私も参加することになりました。愛知の人たちとしか関わったことがなかった私としては、全国のいろんな人たちと話すことはとても大きな刺激になりました。また、研修の内容もやったことのなかったことばかりでとても新鮮で、いろんな経験をすることができました。

特に思い出に残っていることが2つあります。

 1つ目は、ダンスやプチ運動会といったグループで協力しあって、楽しんだことです。ダンスは短い期間で練習して披露するので、ダンスが苦手な私は苦労することもありまし たが、グループの人たちと協力し合い、発表当日は、いいものが披露出来たと思います。 プチ運動会では、私の本領発揮をし、主に騎馬戦で、良い結果を残すことが出来たので、良かったです。また、グループの仲も深めることができ、とても良かったです。

 2つ目は、初めて御修業を行ったことです。御修業は、祖父母がやっているところを何度か見たことがありましたが、何をやっているのか全く理解できなかったので、怖いというイメージがありました。御修業を行う前は、自分は本当に出来るのか、霊動が出るかと不安でいっぱいでした。しかし、霊動が出た時はとても感動しましたし、文字を書くことなどは全くできませんでしたが、「自分はご先祖様に守られているんだ」と感じることができました。

 研修を通して、「解脱の教えの尊さ」「先祖・親の大切さ」を学ぶことができました。また、いろんな方たちと関わり、いろんな考えに触れることができ、自分自身も成長することが出来ました。

 そして、「自分は別に人に恥じるような教えを学んでいるわけではない」と研修に参加して思い、解脱に対して前向きな気持ちで取り組めるようになりました。


 父に「俺も真生ぐらいの歳の時は、なんで解脱やっているのかわからなかったけど、歳をとってから、解脱はすごいと思った。だから、解脱はやってほしい」と言われました。

 今は、解脱の教えの尊さを理解しきれていない部分がありますが、父の言っていたことが分かったときは、自分も歳をとったんだと思い、そのときまで、解脱行事、また、青年部活動に励んでいきたいと思います。