青年の主張

令和元年10月度 関西ブロック青年講座にて

滋賀教区・長浜神前支部

木下慶一

 10月度青年講座ご参加おめでとうございます。

 本年度で最も心に残ったというか、お勉強をいただいた言葉についてお話させていただきたいと思います。その言葉は「それも、勉強だよ」というものです。この言葉は、ブロック議長・青年副本部長を歴任された北野先輩よりいただきました。私事ですが、4月から社内で今までとは全く違う仕事をする職場に転属になり、手探りの部分や勉強することが多く、青年部のお役目をおろそかにする時期でした。

 支部長とお話をさせていただく機会があり、支部の足運びはおろか青年部のお役目も果たせていない自分がいて、何事も手につかない状態であると報告させていただきました。支部長が北野先輩とお話される中で、私のことについて話をして下さった折に、「それも、勉強だよ」と言われていたようです。

 始めは、できるように努めることがすべてで、なぜできないのかとばかり考え、仕事や家族を理由にしていました。その中で、できないのになぜやらなければいけないのか、できる時にやるしか仕方ないのではないかと思っていました。しかし、解脱の学びというのは、自分が困難に直面した時やお願い事のようなことをするためにご神前に向かう方がおられることも聞いていて、以前はそれで良いのではないかと思うこともありました。しかし、支部長と特相をさせていただく機会をいただき、できる時にやるのではなく常に自分が成長していくためには、何事も大きな困難などがないと言えば不平がありますが、落ち着いた状態の時期に繰り返し学びを深めていくことで、何か困難に直面した時に動じない強い自分の心や精神が鍛えられていくとお勉強をいただきました。

 つまり、北野先輩からいただいた「それも、勉強だよ」という言葉は、できない時期に自分に一体何ができるのか、できない時にいかに学びをさせていただくことが大切であるかという教えであり、家族や周りの人たちと向き合うことはもちろん、自分自身と向き合うことが今の自分の勉強・学びではないかと感じさせていただきました。

 支部長との特相の中で、御五法修業をさせていただいた時に祖父が下がられ、なぜか本来してほしいことを隠すようなお願い事の仕方で供養のお願いをされました。御修業を進めていく中で、心の中でふと感じたのは、遠回しやごまかすようなことがある理由には、今の自分にごまかしていることやこのぐらいで良いのではないかと感じていることがあるのではと考えました。御修業では祖父より供養のお頼みをいただき、8月末までの3週間供養をさせていただきました。次回の御修業ではどのようなお勉強をいただくのかわかりませんが、御五法修業は自分と向き合う、成長するために最も必要なもので、もちろん普段からのお浄めや支部への足運びをすることが大切です。

 取りまとめのない話ですが、いくつになっても学びを始めることができるので、今からでは遅いと感じて何もしないのではなく、成長するため、家族のため、できる限りの学びを素直にさせていただきたいと思います。ありがとうございました。