青年の主張

平成30年10月度 中部ブロック青年講座にて

名古屋第1教区 名古屋西味鋺支部

丹羽美波

 みなさんおはようございます、青年講座ご参加おめでとうございます。

 西味鋺支部の丹羽美波です。私は今回で青年の主張は2回目となります。前回は大学1年生の時にさせていただき、今回は社会人1年目という毎回、私自身の環境の変化がある時にこの御役目をいただき、自身の心境の変化について皆さんにご報告させていただける機会ができる事はとてもありがたいと思っています。

 私は大学で管理栄養士の道を目指しておりましたが、今年の5月から社会人として、給食委託会社に就職させていただきました。配属先は港区にある特別養護老人ホームで調理員として働いています。仕事の内容は、その日の夕食の調理と翌日の食事の準備を担当させていただいています。毎日100食前後の入居者さんたちの食事を作っています。

 私は元々、学校給食や栄養について子供達に教える立場に立ちたいと思っていました。履歴書にはその様な仕事をやりたいと、志望する会社に伝え面接に挑みました。しかし、昨年の就職活動では比較的私がやりたい事がある大手と言われる給食委託会社からは内定をいただくことができず、6月時点では2社のドラッグストアから内定をいただいていました。自分自身はまだ諦めが付かない状態でしたので、8月頃にドラッグストアの内定を辞退させていただき、学校の栄養講師一本に志望を絞りました。しかし、講師のお話が来ず、最終的に今年の1月頃に地元の清須市給食センターで栄養士求人が出たのでこれに全力を掛けようと思い挑みました。しかし、面接の途中で何故か急に涙が出てきて面接官の方々も私自身もとても驚き、面接が途中で終わるという散々な結果になってしまいました。一年間就職活動していて初めての出来事であり、一番行きたいと思った就職先の面接で大失敗をしてしまったことは私自身一番辛く、23年の人生の中で初めて泣いて帰るという経験をしました。

これまで高校、大学の受験でもすんなり合格できず大回りしてしまう私でしたが、就職でここまでこけるかという失敗をしてしまい、自分が本当に嫌いになりそうでした。

 そんな時、母方の祖母から翌日に電話がありました。その電話では私が面接で急に涙が出てしまったことについての話で、私の伯母も同じ事があったという事でした。私と全く同じ状況であり、伯母も当時はとても落ち込んでいたそうです。ですが、短大卒業後大学から、今の勤め先のお話をいただき、志望していたところよりも好条件で就職できたそうです。祖母はその時の事を、必要な試練があったからいいお運びがあったと言っていました。なので、私も今はとても悲しいけれども、今後いいお運びがあるから心配しなくていいよと言ってくれました。

 その祖母の言葉もあり、3月に大学を卒業してからも大学4年間ずっと勤めているバイト先のキッチンで調理の修業をしながら就職活動を続けました。そして、4月に入り今の給食委託会社にご縁をいただきました。本格的な大量調理を一人で行うという状況に最初は戸惑いましたが、元々料理が好きな事もあり、先輩やマネージャー、パートさんに色々聞きながら行いました。最近は研修期間も終わり、時間内に1人で100食の食事を作る事ができるようになってきました。

 この仕事は調理する側の味覚が重要であり、だいたいのレシピはありますが、先輩や施設側の方から自分の好きな味、美味しいと思う味に変えていいと言われているので、毎日自分が美味しいと思う味で提供しています。そして先日、施設側の栄養士さんから煮物の味がおいしかったと言われてとてもうれしく思いました。これは小さいころから煮物を始め、手作りで色々な物をたべさせてもらっている母に感謝しかありません。

 最後に、まだイメージがわかない料理の名前が献立に出てきたりすると慌ててしまう事もありますが、どんどん調理技術を上げて本格的に1人で一日の食事を全部作れるようになりたいと思います。そして施設の皆さんから「美味しい」と言っていただけるよう日々腕を磨いていきたいと思います。

 ご清聴ありがとうございました。