青年の主張

令和元年12月度 中部ブロック青年講座にて


名古屋第2教区

近藤 真司

 みなさんおはようございます。近藤真司です。

 私は現在名古屋第二教区の部長のお役目をいただいております。私がお役目を初めて受けたのは、高校生に上がるときでした。支部班長として4年、教区副部長として10年、そして教区部長として3年、振り替えるととても長い期間、青年部での活動をしてきたなと感じます。


 長い青年部活動の中で大きな変化が1つありました。それは青年部三聖地巡拝錬成が再開されたことです。以前行われていた三聖地巡拝錬成には参加したことがなかったので、私自身最初はどういった行事なのか全くわからない状況でした。実際に参加して感じた事は、長時間の移動や夏の蒸し熱い中で規律を保って参道を歩くしんどさの方が圧倒的に強かったと思います。また教区副部長という立場もあったので、人をどうにかして集めなくてはいけないといったように、悪くいってしまうと2年に1度三聖地の行事をこなしていかないといけないといった気持ちもあったように思います。


 そんな中、三聖地を見る目が変わっていく機会を、何度も体験しました。最初はお白石持ち行事という、伊勢神宮の式年遷宮の際に、新しい正殿の敷地内へ白石を奉納する行事に参加させていただいた時です。この行事は解脱会だけではなく、全国の奉賛団や伊勢に住んでいる神領民の方々が集まって行われる行事で、今まで参拝に行った時とは大きく異なった空気を強く感じたことを覚えています。エンヤーと掛け声を上げながら大勢の人が伊勢街道を歩き内宮へと向かう道中での一体感。建築されたばかり木の香りが漂う新しいお宮から溢れ出ていたとても厳かな雰囲気。小雨が降っていた中天照大御神を参拝した後急に出てきた晴れ間に感じた驚きと感激。伊勢という場所がとても特別な場所であるのだとその時にようやく身を持って感じることができました。他にも家族と京都へ行った際に、初めて解脱会の行事とは関係なく泉涌寺に参拝する機会がありました。その時に寺務所へ行きお寺の方へ挨拶した際に解脱会の方でしたらとお寺の中を案内していただきました。江戸時代以前の天皇家の方々が実際に使われていた仏具が保管された部屋、また三聖地でいつも参拝している霊明殿の建物の中へも案内をしていただき、その場で参拝をさせていただきました。これらの場所は一般公開されている場所ではなく、解脱会員であることだけで案内していただけた事へのありがたさ、そしてこのような経験ができたのは、金剛さまをはじめ先人の方々が三聖地を本当に大切にされてきたおがけなのだと強く感じました。


 そして近年では、聖地についてより深く触れる機会も増えてきました。昨年行われた伊勢セミナー、そして今年は改元を前に青年部の仲間と一緒に伊勢神宮へ行き、普段は参拝することのなかった別宮・摂社も含めて聖地を巡る事ができたことで、今まで以上に自分の心や気持ちを聖地へ近づけていけるようになれてきたと感じています。また毎月の第四土曜日には三重テレビで「お伊勢参り」という番組が放送されており、私はこの番組を見ることをとても楽しみにしています。毎月「内宮」や「式年遷宮」「稲作」「お供え物」など1つのキーワードを中心に、伊勢神宮に関わる神々や歴史、その地域の文化、お祭り、伊勢に住む人々の祈りや思いを丁寧に紹介している番組なのですが、それを見るとまだまだ知らない事も多く、また解脱会とは関係なく様々な面から大切にされている聖地なのだなと思わせていただいています。


 私は正直に言ってしまうと三聖地巡拝錬成以外での経験で多くのことを見て、知り、感じる機会の方が多かったように感じられます。「なにごとのおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる」という句がありますが、行くだけで何も知らずに感じられる素直な姿勢が自分にはなかったのかもしれません。ただ参拝するだけではなく、知ろうとする心、色々な面を見ることで各聖地の偉大さ、ありがたさ、大切さに気づいていけるのだと思います。


 来年は三聖地巡拝錬成があります。私は自分が今まで見てきたこと、感じたこと、知ったこと、そして過去から今までの流れを次の世代へ伝えていける人にならなければいけないなと思います。口下手で自分からあまり積極的に話すことをしないことが多いですが、三聖地を見る視点を沢山伝え、多くの人が感度の高い状態で参加できるような三聖地巡拝錬成ができるよう、残り1年お役目をさせていただきたいと思います。


 以上で主張とさせていただきます。ご静聴ありがとうございました。

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