青年の主張

令和2年9月度 東京ブロック青年講座にて

東京第4教区・中野上高田支部

宮崎 格

 みなさんおはようございます。ただいまご紹介いただきました、私は中野上高田支部の宮崎格と申します。

 本日は主に昨年に会社の研修で中国の上海に行った経験を通して学んだことをお話ししたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

 まずは自己紹介をいたします。私は解脱三世の支部っ子として生まれ、解脱の教えとその生活を通して育ちました。家族は祖母、両親、姉二人、兄夫婦と姪になり、四人兄弟の末っ子として育ちました。現在は実家を離れ、一人暮らしをしている25歳です。支部では班長、教区では鼓笛隊長のお役目をいただいております。会社はスマホや様々な電化製品に入っている半導体を取り扱う商社で、私は新卒以来、人事部として労務給与関係の仕事をしております。人事部は全社員の給与から評価、家族構成に至るまで最もデリケートな情報を取扱う部署であるため、社員の一人ひとり、社内の課題の一つ一つに対して丁寧かつ誠実に取り組むよう日々奮闘しております。

 そんな他者への気遣い、気配りが最も求められる立場にいる私は、これまで思いやりというものを全く理解していない人生を送ってきました。特に解脱会青年部、子供会スタッフでの活動では自分の立場や態度は気にもせず、年上の先輩方にも正論を吐き捨て、相手の目線や考えを理解しようともしませんでした。たとえ正しいことを言っていても、偉そうにものを言い、相手に納得してもらえる言い方や態度を取ることが出来ませんでした。

 そんな私の転機となったのは昨年9月から11月末までの丸3ヶ月間、会社の研修で中国の上海に行ったことでした。私の勤める会社には、年に一人若手社員をグループ会社の海外拠点に3ヶ月間送り込むという研修プログラムがあります。昨年の5月、私は上司に会議室に呼び出されこの海外研修への参加に興味はないかと話をされました。私は海外に行ったこともなければ自分一人では飛行機にも乗ったことがない状態で、更に初海外にしては3ヶ月という長期間になることもあり、不安しかありませんでした。しかしこのいただいたチャンスを逃すと二度とこんな機会はないと思い、その場で「チャンスをいただけるなら、ぜひ行かせてください」と返事をしました。そこからは出国への準備を進め、9月1日、期待と不安でいっぱいの中、中国上海へ飛び立ちました。研修中では現地駐在の日本人上司に毎日その日の成果を報告し、都度指導を受けておりました。

 研修の課題の一つで現地社員へのインタビューを行いました。ここでは日本語が話せる方は日本語で、話せない方は英語で話をしました。内容としては今やっている仕事やその人の仕事への価値観などを聞いて、時には自分の話もしました。最初に現地の中国人社員にインタビューをすることになった時、場所が空いているからとオフィスの真ん中かつその人の上司の目の前にあるテーブルで話をしようとしました。その時はその社員さんから会議室で話しましょうと言われたため、移動してインタビューを始めました。その様子を見ていた上司から終わってすぐ、必ず会議室で話をするようにと指導を受けました。上司からは「宮崎くんも上司や他の社員の前で仕事の事や人間関係の話はしづらいでしょ?」と言われました。特に中国社会では”メンツ”を重んじる文化でもあり、相手の顔を立てることや面目を保つことが重要ということも教わりました。このように言われると確かに、自分に置き換えてもその状況では他人の目が気になって話が出来なくなってしまうものだなと気づくことが出来ました。また上司から「せっかくのこの課題の機会にみんなの本音を聴けないと宮崎くんにとっても勿体無いんじゃない?」とも言われ相手のためにも自分のためにも改善すべきことだと納得しました。

 上司からは他の人へ何かをお願いするときの態度や姿勢についても指導を受けました。研修が始まって間もないころ出張者対応の予行練習として、中国人社員の受付女性にお昼ご飯の出前を頼んでもらうことになりました。日本語が少しわかる方でしたが、私は彼女の様子を全く見ず、いきなり話しかけて一方的に自分の要求を伝えてしまいました。それを見ていた上司から後で「もっと相手を気遣ってお願いしなきゃ、彼女、凄く嫌な顔してたの気づいた?」と指摘を受けました。私は自分が伝えなければならない出前の内容を考えることに必死で、彼女の様子や状態を全く確認しておらず、ましてや嫌な顔をしていたことなど全く気が付きもしませんでした。上司からは相手もそれぞれ忙しく仕事がある中で貴重な時間をもらってこちらの依頼をやってもらうのだから、まず今声をかけていいかを聞いてから謙虚な姿勢で丁寧にお願いするようにと指導を受けました。この経験で相手が外国人で言葉が違うことは関係なく、むしろ言葉では伝えきれない部分をカバーする意味でも、謙虚で丁寧な態度を示すことがコミュニケーションには最も重要であると学ぶことができました。現地社員にとって私は業務に関わることがない日本から来た邪魔な研修生であるため、私が研修の課題をクリアするためには現地社員のみなさんに低姿勢で謙虚にお願いをして協力していただくしかありませんでした。これが上海で学ぶことができた最も大きな気づきでした。

 そのような姿勢を保ちながら課題を進めていくことは私にとっては難しいことでしたが、せっかく上海に学びに来たのだからという思いもあり、受けた指導を次に活かそうと意識して毎日取り組んでいました。そんな私の姿を上司はよく評価してくれました。上司はよく日系の他社の方との食事会があると連れていってくれました。その際いつも私のことについて「言ったことを素直にやってくれて可愛い奴なんだ」と自慢してくれました。

 私はそれがとても嬉しく、上司のその期待に背かないようにやっていこうとさらに必死に頑張りました。そして様々な学びを得られた上海での研修を終え、11月30日、無事に帰国することができました。

 今年の4月から上海研修での上司が帰任し、今の部署の私の上司となりました。4月以降、緊急事態宣言が出てからは在宅勤務が増えていきました。在宅で仕事をしていても紙を印刷することや書類に承認印をもらうことなど会社でしかできない業務はどうしてもなくなりません。その時には出社している方に連絡をしてお願いする必要があるのですが、ここでも相手の立場に立ち気持ちよくやってもらえるように働きかけなさいと上司から指導を受けました。相手にお願いするときの言い方に気を付けることや、お願いすることの手順を丁寧にメモに残すことなど、具体的なアイデアを交えながら指導をいただきました。その上で「上海の時はできてたんだけどなあ」とハッパをかけられると、悔しさとできない自分の恥ずかしさが増し一層気をつけるようになりました。それからは以前より受け取り手の目線を意識して仕事を進めていけるようになり、上司から「仕事の進め方、進歩しましたね。」というコメントをいただきました。期待を持って、しかも私に刺さるように指導をしてくれる上司には本当に頭が上がりません。大変感謝しています。まだまだ上手くいかないこともありますが、他者への想像力を働かせて経験を積んでいきたいと思います。

 話は少し戻りますが上海から帰国後、支部で御五法修業をさせていただきました。その時は宮崎家のご先祖様が“御礼”の目的でお示しになり「格は上海でよくやった」ということを伝えていただきました。しかし、それには我が家と私の信仰関係である伊勢乃國八大龍王神様がいつも守ってくれたから、異国の地で事故や怪我、トラブルに巻き込まれることなく無事に過ごすことができたのだとも伝えていただきました。自分でも改めて守っていただいたなあと思うことは、現在流行中の新型コロナウイルス感染症が中国武漢で流行りだしたのが昨年12月半ば頃で、中国で感染拡大する前に帰国できたことです。また今後の景気や感染症の影響を考えるに、恐らく私が若手のうちで海外研修に参加できる最後のチャンスであったかと思うと、本当にありがたいことだったと思います。事後の話し合いで御修業の内容を振り返った時に、御礼という目的でお示しのご先祖様が御神前に向かって深々とお辞儀をしていたことに気が付きました。御修業の内容を額面通りに受け取れば、先祖が私に「ありがとう」と言いに来たということですが、父である支部長の指導を受け霊動や状況を考えると、この御礼は“先祖が私に御礼をしているのではなく、お守りいただいた神々様、ご先祖様に対して先祖が私と共に御礼を申し述べている”ことだと気が付きました。この姿を感じて私は大変嬉しく、感激しました。先祖が私と一体となり太神様に御礼を述べてくれたことを実感し言葉にはできない幸福感を感じました。御礼というものは自分がされることを考える必要は一切なく、自分がするものだということに気づかされました。そこから御礼ができることのありがたさを感じるようになりました。

 これまでの解脱の勉強を通して、私は、“先祖はいつどんな時も私と共にあり応援してくれる存在である”と信じることができました。特に御五法修業の勉強を通して先祖の一生や性格を知り、その感情と一体になれた経験を重ねることにより、先祖をより身近に感じるようになりましたし、絶対の味方であると信じられるようになりました。本日のお役目を受け自分自身を振り返ると、自分はようやく人間関係でやっと“普通の人”に近づいたのかと思いました。これからも思いやりの気持ちをもって日々を過ごし、周囲の方々の幸せにわずかでも貢献できるよう努力精進を重ねてまいります。

 本日はお役目にお遣いいただきましてありがとうございました。以上で青年の主張といたします。ありがとうございました。