青年の主張

令和2年11月度 札幌道場報恩日にて

北海道道南教区・苫小牧豊川支部

鎌田 香奈子


 体験発表のお役目にお使いいただきます。苫小牧豊川支部に所属させていただいております鎌田香奈子と申します。両親の代から解脱の、み教えを学ばせていただいております。お聞き苦しい点が多々あると思いますがお許し下さいませ。

 まず初めに、8年間、道南教区青年部のお役目にお使いいただきまして、有難うございました。次男の1歳の誕生日に私は膠原病の一つであるシェーグレン症候群という目と喉が乾いてしまう病という診断を受けました。子供たちは、1歳と3歳で、その当時は一日一回買い物に出かけるだけでも体が強張り、苦しくなっておりました。その後、長男が小学一年生、次男が幼稚園の年中の時に、教区青年部のお役目をいただき、副部長2期、部長2期、8年間のお役目にお使いいただきました。主婦の立場でお役目をいただきましたので、青年講座に出させていただく日は、帰宅後の晩御飯の用意を済ませ、朝は子供達にご飯を食べさせた後に生家に預け、9時の道場朝礼に間に合うように6時半のバスに乗車して道場に出させていただく日々が続きました。当時、私は、パニック障害の様な症状があり、バスに乗車すると心臓がバクバク、呼吸が苦しくなり大変でしたが、ひたすら南無解脱金剛と心の中で唱え道場に出させていただいておりました。4年間はその状況が続きました。もちろん、飛行機に搭乗できる状態ではありませんでしたので、御霊地で行われる青年幹部研修に参加させていただくことが出来ませんでした。

 しかし、5年目に部長のお役目をいただいた時に、幹部研修に参加させていただかなければと奮起し、7年ぶりに飛行機に乗り、副部長たちと共に、初めて幹部研修に参加させていただきました。御霊地に到着すると、宮原青年本部長が「よく来たね、飛行機大丈夫だったかい?」と温かいお言葉と共に迎えてくださいました。研修終了後の帰路の飛行機では、大雪の為、条件付きでの搭乗となりました。機長さんからは「新千歳空港の滑走路が凍結のため一つしか使えず、着陸できるか判らない状態ですが、諦めず最善を尽くしますので、ご安心下さい」とアナウンスがありました。機長さんのお話の仕方は、乗客に安心感を与える素晴らしいアナウンスでした。私たちが搭乗した前の便は途中で諦め違う空港へ向かったとのことでした。新千歳空港上空を一時間ほど旋回している途中で、滑走路が大雪の為ふさがってしまいましたが、スタッフの方が諦めず除雪を続けてくださり、無事新千歳空港に着陸する事が出来ました。その時、副部長たちと3人でとても感動したのを覚えています。素晴らしい機長さん、そして空港スタッフの方から、諦めず出来るところまで最善を尽くすことの大切さを学ばせていただきました。そこが、私たち三役のスタートラインとなりました。

 その後、青年講座に出させていただく時、次第に自分で車を運転して子供たちと共に道場に出させていただける様になり、今では交通機関にも落ち着いて乗車させていただける様になりました。青年幹部研修には4回参加させていただきましたが、青年部の研修ということで、私としては、錬成の心構えで参加させていただいておりましたが、会場の準備、食事の準備など、本当に至れり尽くせりの中で研修を受けさせていただきました。普段、私たち三役は、準備をさせたいただく側の立場ですので、青年本部の皆様はじめ研修にてお世話になりました皆様方に、今も本当にありがたい気持ちでおります。3回目に幹部研修に出させていただいた時、私は昼間の飛行機に乗り御霊地に向かう予定でしたが、女性の副部長がどうしても仕事後の夜遅い飛行機に搭乗になるとのことでしたので、副部長のご両親から大切な娘さんをお預かりさせていただいているので、彼女をお守りしなければと思い、一緒にその遅い便に搭乗することにしました。その日は、全国的に稀にみる大雪で飛行機の搭乗時間が遅れ、結局午前零時頃の搭乗となりました。羽田空港に到着したのは、夜中の1時半頃で空港もクローズするとのことで、宿が無い人はタクシーを使って国際線ターミナルに移動してくださいとのことでした。タクシーに乗るにも長蛇の列で強風の中、1時間近く並びました。国際線ターミナルに到着すると、大雪の為、出発できなかった多くの人が至る処で休んでおり、椅子は全て空いておらず花壇の淵等、座れそうなところもふさがっておりました。副部長と共に展望デッキに向かいましたが、そこも人が溢れておりました。歩いて歩いて諦めそうになった時、いきなり目の前のベンチが一列空きました。やっと座れたのが午前4時半頃でした。私は持病の為、寝不足になると次の日は体が強張り苦しくなることがありましたので、不安でしたが、副部長は私を横にならせてくれ、自分は座って休んでいました。お蔭様で1時間ほど体を休めることが出来ました。私は寝不足で頭がボーッとしておりましたが、副部長はスマートフォンで御霊地までの乗り継ぎの情報を調べ、軽い足取りで私を御霊地まで連れて行ってくれました。副部長をお守りしなければと思っていたつもりでしたが、結局、私の方が副部長に守ってもらいました。幹部研修では本当にたくさんの有難いお勉強をいただきました。

 今年になり、世界的に新型コロナウイルスが蔓延して、青年講座も全国的にしばらく休講が続きました。私生活でも緊急事態宣言により、外出せず、買い物も宅配を頼み、ずっと家に籠りきりの生活が続きました。その様な中、7月から青年講座が再開される事になりましたが、殆ど外出しておりませんでしたので、先ず、自分の精神を立て直せるのか不安でしたが、青年講座の時に部長が暗い表情をしていては示しがつきません。お役目というのは本当に偉大で、私は青年講座開催に向け心を律することが出来ました。お役目が無かったら、すぐに心を立て直すことが難しかったのでは、と思いました。その時、初めてお役目に支えられて、今の自分があることを気付かせていただきました。部長のお役目を通し、私に必要なたくさんのお勉強がありました。心の中は悲しみでいっぱいになり、乗り越えるのに苦しみましたが、その都度、ご神前に額づき、祈り、立ち直り、やっと立ち直っても次から次へと勉強が続きました。中村宏先生がご存命の折、青年部のお役目をいただいたご報告をさせていただいた時、先生からは「大変だと思うけど、道南教区青年部の事を宜しく頼むよ。」とお言葉をいただきました。解脱のお役目は金剛さまからいただいた、金剛さまとの大切なお約束です。私はどんなに辛い事があっても、絶対に途中で投げ出さず、任期までお使いさせていただきたいとの想いでおりました。そんな私を支えてくれたのは、応援してくれているご先祖様、両親、主人、家族でした。そして、教区の先生や先輩方にいつも温かく見守っていただき、可愛い副部長達がいてくれて、青年講座では部員の方々の楽しそうな笑顔に支えられました。

 先日、久しぶりに家族全員で、私の母方の祖父と祖母夫々の生家のお墓参りをさせていただきました。私が子どもの頃は、お墓参りが楽しい家族行事でしたが、今、私も年齢を重ね、昔とは異なる想いになりました。祖母の生家は現在家系が途絶えてしまい、なんともいえない気持ちになってしまいました。しかし、たくさんのご先祖様お一人お一人が、試練を乗り越えられ、精一杯命を全うされ、私たち子孫に命を繋いでくださったことへの感謝の念が、心の底から涙と共に溢れてきました。お墓参りから帰宅後、水道の蛇口をひねると水が出てくることに不思議な感覚になり、色々な発明をしてくださった方々、たくさんの技術者の方々のお蔭で、今の快適な暮らしがあること、その方々にもたくさんのご先祖様がいらっしゃること、そして、本当にこの世の中は、人が支え合い、お蔭様の中に生活させていただいていることに気付かせていただきました。

 8年間の青年部のお役目を通して、修行させていただき、私はやっと先祖の苦労に感謝させていただくことの大切さに気付かせていただきました。子育てと、青年部のお役目に精一杯無我夢中でしたので、自分の病のこともいつの間にか忘れてしまい、気が付くと、お医者様からは、膠原病からの卒業の診断をいただきました。お役目を通しての出来事は、すべて私自身に必要なお勉強でした。お役目を通しての全てのご縁に感謝しかありません。あるドラマを視ていた時、「人生の中で、青年時代はほんの一瞬、その一瞬の時期をどのように生きるか」というセリフを聞いて、私は青年期の8年間を心から青年部員の方々の幸せを願わせていただき、精一杯お仕えいただきましたことを心から有難く感じました。三尊・ご先祖にお守りいただき、道場の先生、教区長先生、支部長先生方や先輩方、青年本部の皆様、副部長達、青年部員の方々そして、両親、主人、家族に支えられ、助けられ、無事、青年部のお役目にお使いいただくことが出来ました。本当に有難うございました。

 これからも、解脱金剛さまの御弟子として、世の為、人の為にお役に立たせていただけますよう努力精進させていただきます。

 ご清聴ありがとうございました。