青年の主張

令和3年2月度 東京ブロック青年講座にて     

東京第5教区・浅草支部 田村 阿紀子

 只今ご紹介に預かりました、東京第5教区、浅草支部の田村阿紀子です。

 私は解脱三世で、両親と五人兄弟の7人家族です。田村家の末っ子として生まれました。

 家が支部をしており、生まれた時から、家には頻繁に会員さんが訪れ、解脱がある生活が当たり前の家庭でした。

 ですが、成長していくにつれ、私の中で解脱会という存在は、自分の人生には全く関係のないものと思っていました。むしろ、なぜうちは普通の家庭ではないのか疑問に思うと同時に、自分の家が支部でありながら、ひどく偏見を持っていました。解脱会に参加する前の私は、両親の事が好きではなく、こんな家庭に生まれてこなければよかったと本気で思っていましたが、解脱会に参加するようになり様々な気づきや学びがありました。

 まず、なぜそんな私が解脱会に参加する様になったのかというと、解脱会に対して徐々に偏見が無くなったからです。そのきっかけは、兄が成人を迎えるタイミングで青年部の成人式のお誘いを受け、参加していた事です。さらにその年の三聖地にも参加しており、楽しそうに参加する兄の姿は、田村家の兄弟の中で、衝撃的な出来事でした。さらにその2年後の成人式に姉も参加しており、それをきっかけに青年部活動に参加するようになっていました。私はそんな2人の姿を見て、良くやるなぁと思っていましたが、当時まだまだ青年部出始めだった姉から、「行事に参加するんだけど、心細いから付いてきて」と言われ、とうとう私の番が来てしまったかと思いつつ、やむなく付いて行くことになりました。これが私が初めて青年部活動に参加したキッカケとなります。

 初めて青年部に参加させていただいた時、慣れない青年部活動で緊張している私に、「よく来たね」と青年部の方々が優しく受け入れてくださり、楽しそうに活動している姿にびっくりしたのを覚えています。また、自分と同世代の子たちが奉仕を一生懸命やっている姿も、とても衝撃的でした。そういった青年部の部員さんたちの姿を見て、少しずつですが解脱会に対する見方が変わっていきました。そして、徐々に行事や奉仕活動に参加させていただくようになりましたが、まだ自ら何かアクションを起こしたりすることはなく、この時の私は、ただ参加している状態でした。

 そんなある日、私の考えを変える出来事がありました、それは、青年部の先輩から、「青年部の活動はどう?」と聞かれた時、「正直、行事とかもあまり楽しくないかもしれないです」と話すと、「そうだよね、でもね青年部活動を楽しくするのは自分なんだよ、そうしたら自然と楽しくなってくるから、まずはやってごらん」とお勉強をいただきました。この何気ない一言ですが、私にとってすごく気付かされた言葉です。この時までの私は、この行事は楽しいけど、これはつまらないなど、受取手として青年部に参加をしていました、しかし自分が楽しむこと、自分が主体となって参加させていただく事の大切さを知り、青年部活動をさせていただく意味がわかった気がしました。

 そのすぐ後、支部班長のお役目をいただくことになり、青年会の企画を考えたり、今まであまり参加してこなかった、支部行事などにも積極的に参加するようになり、会員の皆さんと交流していく中で、私が考えていた解脱会とは全く違う事に気づくことができました。そして、自分がお誘いする側になって初めて、今までの歴代の班長さんがどれだけすごいことをしていたのかと痛感しました。と、同時に、今まで一度も途切れず、一生懸命バトンを繋いでくださったお蔭様で、私は支部班長というお役目を通して学ばせていただけたのだと思い、感謝の気持ちでいっぱいでした。

 私の人生の中で、何かのリーダーになるという経験がほぼなく、学生時代は小中高と真面目に学校に通った経験もほぼありませんでした。何かをやり通す事が苦手な性格のため、お役目をいただき、経験を積む中で沢山の気付きと学びをさせていただいています。

 解脱会に参加する前の自分は、物事を偏って見ることが多く、なぜやらなければいけないのか、答えを先に求めることが癖になっていて、初めの一歩が踏み出せないことが多かったように思いますが、お役目や奉仕を通してまずはやってみる事の大切さを学ばせていただきました。私のテーマは分からないからやってみるという事です。過去の自分は自分の体験ではなく、人の体験や考えを参考に選択をしていましたが、自分が見て聴いて体験してみると、全く違う景色が広がっているということを知り、私が認識していた解脱とは、人を通して見ていた解脱だったんだと気が付くことができました。

 “人を通して見ていた解脱“を少し掘り下げると、主に両親の事です。過去、反抗期だった私は、両親の事がとても嫌いで、最初にお伝えしたように、なんでこんな家に生まれてきてしまったのだろうと本気で思っていた時期がありました。両親に対して、解脱をしているのにこんなもんか、とまで思っていたのです。ある日父に怒りながら、「解脱をしてるのにこんなもんなんだ」と実際言ってしまったことがあり、その時父から、「そうだよ、これだけ解脱をしてもこんなもんなんだ、だから勉強するんだよ。こんなもんにならないようにね。両親の悪いと思ったところは真似しないことが親孝行だよ。」と言われたのです。そして「こんなもんから生まれたお前もこんなもんなんだよ、だから自己認識が大事なんだ」と言われました。確かにその通りだなと思ったと同時に、親なんだからこうあるべきという理想に私が執着していたのだと気付かされました。

 そして、もう一つ自分の中で腑に落ちた出来事がありました。それは、5年前のブロックタイムで、自分の解脱のルーツを知ろうというテーマで勉強させていただいた時に両親の生い立ちから、どのように解脱会にご縁をいただいたのか、祖父母の話などを聞くタイミングがあり、両親も自分と同じように悩んだり、落ち込んだりしていたことを知り、自分がいかに両親について無知だったのかを思い知らされました。また田村家にはどのような因縁があるのかということも知ることができ、家族でとても有意義な時間を過ごすことができたと思います。

 また、今まで青年部の先輩方から勧められてはいたものの読んだことがなかった自分の祖母が書いた「尊者の贈り物」をこのタイミングで読まさせていただき、こんなに信念を持って世のため人のために活動をしていたのだと知り、真剣に解脱と向き合って、さらに支部をさせていただくということがどれだけ大変であるかを学ばせていただきました。

 そして両親も、支部を継ぎ、月に数回もある行事をこなし、その中で五人の子供を育てていたのかと思うと、私には真似できないなと、とても感謝の気持ちでいっぱいになりました。親である前に一人の人間なんだと理解した時、ふと両親を許す事ができました。

 もし、私が解脱会の活動をしていなければ、解脱の尊さを知るのはもっと未来の話になっていたかもしれないですし、もしかすると知らずに過ごしていたのかもしれないと思うと、とてももったいない事だと思いました。

 自分がどのように解脱会と関係があるのか過去の自分は全く無関心で過ごしていましたが、それは自分自身が無知であったからだと気付かせていただき、とても良い経験となりました。

 そして現在、青年部の副部長というお役目をいただき、教区の部員さん達と教区活動をさせていただく中でまだまだ力不足な点が多く、副部長として未熟ですが、少しでも解脱会に参加してよかったと思ってもらえるような教区づくりをしていきたいと思います。

 これからも学びを大切にしながら、自己認識をしつつ勉強していき、しっかりとした人間性を築き上げて世のため人のために少しでも貢献できるように、精進していきたいと思います。