青年の主張

令和3年4月度 東京ブロック青年講座にて     

東京第7教区・川崎元住吉支部

大和田 剛

 僕は川崎元住吉支部に所属する祖父から学ぶ解脱3世です。25歳で家族は父、母の両親と兄と弟、妹の6人家族です。賑やかな家族です。

 現在は東京第4教区大森八幡支部の杉山泰時さんご家族が経営されている宝幸亜鉛に勤めさせていただいております。

 僕は難病指定されている潰瘍(かいよう)性大腸炎が発病したのは高校1年の5月になったころです。原因ははっきりとはしていない病気で、一度発病すると体がだるくお腹が痛くなり、トイレに行きたくなる数が多くなり、便がやわらかく、その便に血が混ざっていました。便器が血で真っ赤になり、血便が止まらなくなりました。

 病状が出始めた当時、近くの病院に行っても痔だと診断されましたが、薬で一次的には血便は止まりますが一向に治る気配にはなく、すぐに血便が始まりました。血便が余りにひどく、貧血になり、電車の中で何度も駅で降りて休まないと辛くなるほどでした。

 心配した家族、特に祖父が一緒に病院に行ってくれて潰瘍性大腸炎がわかりました。最近では若い世代の人が多い傾向の病気ではありますが、現代の医学では完治した例がない病気だと説明されました。しかし、医療が進み、本人の体調や体質に合わせて日々薬を投与すると事で病気は抑える事はできると説明されました。

 夏休みになった事もあり、自宅からすぐ近くに住んでいるおじいちゃん家族と、体調が治るまで家族と離れて生活をするようになりました。兄妹との賑やかな生活が普通の僕にとっては寂しい日々でした。

 しかも、申し込みをした後、数日にせまり楽しみにしていた三聖地巡拝錬成は医者の先生から反対をされて今回は参加を断念しました。直前での事で、父が僕の代わりに参加する事になりました。三聖地で父は僕が一緒に参加している気持ちで聖地を廻り、次回は必ず一緒に参加すると誓ったようでした。

 夏休み中は祖父母の家に隔離されて生活する事になりましたが、たまに兄妹が会いに来てくれることが本当に楽しみでした。お蔭様で薬も効き出し、体調が良くなり、夏休み後に修学旅行に無事参加できた事を祖父母は大変喜んでくれました。

 高校卒業までは発病しない体調で過ごす事ができて、父の紹介で建設会社に勤めました。建設現場での仕事は朝早く重労働で、その年の冬に、なれない環境で自分自身、色々なストレスがたまり再度発病し、緊急入院しました。同時期に自分を心配して変われるものなら病気を変わってあげたいとまで言ってくれていた祖父も入院して家族は大変だったようです。

 半月入院して退院しましたが、体調が回復するまで職場を一旦、休職しました。

 年が明けて僕は体調が整ってきました。しかし、僕のことを一番心配してくれて元気になってくれると思っていた祖父が霊界入りしました。

 しばらくして体調が整ってきたので職場に復帰しましたが、日々環境が違いストレスがたまりやすく、再発の兆しが出てきたので家族と相談して退職しました。

 その後、現在勤めている宝幸亜鉛に就職しました。仕事の飲み込みが悪く、不器用な自分を我慢強く面倒を見ていただいています。これからは生かされている事に日々感謝して、天職を努力して人の為になれるように生活をしたいと思います。

 ありがとうございました。