青年の主張

令和3年4月度 北関東ブロック青年講座にて     

群馬教区・群馬水上支部

荒木 彩那

 みなさん、改めましてこんにちは。群馬教区群馬水上支部の荒木彩那と申します。

2回目のお役目ではございますが、不慣れなためお聞き苦しいところがたくさんあるかとは思います。短い時間ですがどうぞよろしくお願いいたします。


 わたしはこの春、無事に高校を卒業し、専門学生になりました。進学先は看護の専門学校です。わたしの主張はこの受験を通した体験をお話したいと思います。


 まずわたしが医療系を志望し始めたのは高校1年生の2学期頃でした。それまでは保育の道に進もうと考えていましたが、コードブルーというドラマを見てから、医療の道もいいなと思うようになり、病院で働く叔母の話を聞いていくうちに医療系を目指すようになりました。わたしの高校は2年生から文系と理系に分かれるので、わたしは理系に進みました。その当時は仲が良かった友達はほとんどみんなが文系で、理系に行って友達が出来るのかがとても不安でした。


 2年生になり、仲の良い友達もできて、部活では先輩として部長としてアドバイスする側になりました。1学期中には第一志望の大学も決めていましたが、でもまだ2年生だからと危機感を感じることなく遊んでいました。  


 そのうち進学校でよく言われる『3年0学期』が始まり、そろそろ本腰入れて勉強を始めようとわたしの中でもやる気が出てきたその時、新型コロナウイルスが流行し始め、3月から5月までの丸3ヶ月間学校が休校になりました。


 この期間で真面目に勉強していればよかったというのは自分でもよく分かっていたことでしたが、課題もギリギリまでやらずにずっと遊んでいました。


 この頃のわたしは第一志望の大学のことしか考えておらず、本来だったら考えるはずの第二志望以降の学校や滑り止めの学校でさえ考えていませんでした。自分はこれから頑張れば第一志望にいけるとしか考えていませんでした。 


 わたしが第一志望にしていた大学は国公立の大学で頭もよく、県外から受験してくる人もたくさんいる学校です。推薦も一般の倍率も高く、わたしは少しでも可能性のある推薦でいこうと勝手に考えていました。


 三年生の夏休みの三者面談の時、担任から、この大学は毎年志望している人が多く、各高校からの推薦人数も決まっているため、競争率が高い、他の大学のことも調べて見たほうがいい、と言われました。自分自身でわかっていたことでしたが、いざその現実を目の当たりにして自分の将来が不安になりました。


 しかし推薦を受けることを自分の中で決めてから、今年はこの大学の推薦を受ける人が少ないという本当か嘘かわからない校内の噂を信じ、試験内容である和文英文の小論文対策を始めました。


 そこから約1か月後の校内選考の発表の日、わかってはいたもののわたしは校内選考に落ちました。ちょうどその時同じクラスで専門学校の推薦を受けようとしていた友達と話をしていて、その専門学校の推薦の出願の締め切りは校内選考の日から残りちょうど1週間だということを知りました。ここで専門学校の推薦を選べば、大学に行くという夢は消える。でも、専門学校を受ければ確実に進学できる。という2択でたくさん悩みました。しかしそんな悩んでいる時間もなく、次の日には結果を出さなくてはいけませんでした。


 毎年人気が高く、推薦枠も競い合い、競争率の高い専門学校の推薦枠が1つ空いている、わたしの成績は専門学校の受験資格をクリアしている、そして一緒に受けるもう1人は仲の良い友達。これは神様からあやなはここに行けと言われているような気がしましたが、なかなか決断をすることができず、その日の夜はお父さんとも口喧嘩になるほど話し合った末、わたしは専門学校の推薦を受けることにしました。


 出願締め切りまでは1週間。まだ行ったこともない学校に志願所を書くのは想像以上に大変で、書いて直してを繰り返し、担任の先生にもほかの仕事がたくさんある中で、わたしの推薦書を完成させていただき、無事に締め切り前に提出することができました。


 その日から試験の日まではあと3週間。現代文と数学の試験があったため、そこからは試験の勉強プラス面接の練習が始まりました。現代文と数学の試験は今までの過去問をやったり、1、2年生でやったワークを一から全てやり直したりと平日は放課後から夜9時まで、休日も朝から夜まで学校近くの自習室を使って友達と勉強していました。


 面接練習もとにかく試験日まで時間がなかったので、忙しい先生に無理を言って頼み、朝、昼休み、放課後を最大限に使って、不安がなくなるまで練習に付き合ってもらいました。


 そして試験当日。同じく受ける友達と共に、会場に入り、無事に試験を終えました。結果は合格で、無事に進路を決めることができました。


 毎年絶対に空きができることがなく、人気な学校の推薦枠が奇跡的に1つ空いていたことで、わたしは年内に進路を決めることができました。年内に進路を決められたことで、同じく年内に決めた友人たちとたくさん遊ぶこともできました。


 また、同じ学校に進むことになった友達は2人とも元から仲の良い友達で、ありがたいことに先輩にも恵まれ、入学前の今でも色々な相談にのってもらったりしています。私にしたらもったいないくらいの恵まれた環境でこれから自分の夢に向かって学ぶことができるのも私を守ってくれている御先祖様が私を導いてくれているのだと感じました。


 わたしは夢のスタート地点に立つことができました。まだまだ始まったばかりなのでこれから3年間死に物狂いで夢の実現に向けて頑張りたいと思います。