青年の主張

令和3年6月度 東京ブロック青年講座にて     

東京第1教区・日野台支部

日原 瑞穂

 みなさんおはようございます。ただいまご紹介にあずかりました、日野台支部の日原瑞穂と申します。

 初めに自己紹介をいたします。私は母方の祖父母の代から解脱会にご縁をいただいた解脱三世です。仕事は生命保険の営業をしており今は5年目でサブリーダーにお使いいただいております。教区では鼓笛隊の隊長、支部では副班長のお役目をいただき、コロナ禍でなかなか活動ができなくて悲しいなぁと思うことが多いながらも、先輩や後輩と支え合って楽しく活動できています。本日は私の仕事についてお話したいと思っております。

 先ほど申し上げました通り、この4月に生保の営業として5年目を迎えましたが、部署を異動し、入社以来お世話になっていたリーダーの元を離れ、別のリーダーの元でサブリーダーとして働くことになりました。前のリーダーの元でもサブリーダーを1年やっていたため、今年度もサブリーダーを続けるなら異動は本来あり得ないのですが、私は昨年の間に2回もパワハラの社内通報をしたため、昨年度までの所属先にはいられなくなり、異動することとなりました。

 社内通報するきっかけになったことは昨年の6月、緊急事態宣言が解除され、営業が再開されたあたりの出来事です。コロナ禍のため、お客様に会いに行くのも憚(はばか)られるので営業が大変であるということを話していると、数字ができなくても仕方がないという主張だとリーダーに勘違いされ、みんなの前でかなりきつい𠮟責を受けることになってしまいました。やる気がないという意味ではないと何度言っても聞き入れてもらえず、私がアポイントで出なければいけない時間になるまでお説教は止まりませんでした。元々それまでも私にだけ大きい目標を振ったり、見込み確認で一人だけ大声で叱ったりなど、かなり偏った指導をされてきましたが、気にせず過ごすことが班のためだと思っていたし、リーダーなりの思いがあるのだろうと何とか聞き流し、上司からリーダーの指導について聞かれても、班のために頑張ってくださっていると、3年間ずっと庇(かば)ってきたのです。それなのに私が言っていることを理解せず、他の人の発言まで一緒くたにされ、後輩たちもいる中で幻滅したとか、班から追い出してやるなどと言われてしまい、かなりパニックになり、お説教から解放されたそのままの勢いで社内通報をしました。通報した後は上司から聞き取り調査を受け、リーダーはそのことについて指導を受けましたが、もちろん誰が通報したのかなんてバレバレなので、その後の私の待遇は良くなるどころか悪化し、更にきつい指導を受けたり、挨拶を無視される1年間となってしまいました。また、そのことに気づきもせず、次年度も班の構成を変えるつもりはないと言う所属長にも嫌気がさし、2月頃に2度目の通報をしました。どのような手順を踏み、指導に至るのかをすでに知っているのにどうしてまわりに相談せず通報したのかと上司からも怒られましたが、今まで部署の誰に相談しても変わらなかったのだから、より確実に異動できる手段をとるしか私には残されていないじゃないかと食って掛かり、その場で4月から別のリーダーの元に行けるように半ば強引に約束を取り付けました。

 そうして異動した4月。私のことを知っている人がほとんどいない環境で営業がスタートしました。その時の成績はというと、アポイントはあったものの4月の1件目の目途が立っていなかったため、活動の終わりに報告を入れる時も、今まで通り「申し訳ございません」から始まり、これからどのように動いていくかを細かく記していました。申し訳ないと思っているのは本当ですが、それ以上に、今までの経験上、申し訳なさそうにしないと何を言われるか分からないと思っていたからです。しかし、おびえながらリーダーからの返信を待っていると、送られてきたのは予想に反して、アポイントの多さをほめるものでした。アポがたくさん入ってて偉い、走り回ってくれてうれしいと言ってもらえ、私が報告を入れたお客様に対してのアプローチを具体的にアドバイスしてくださいました。私はてっきり1件目が見えていないことへのお叱りがあると思っていたし、見えていないならアポイントを入れるのは当たり前だと思っていたので、そのような優しい返事をもらえたことに衝撃を受け、日を重ねていくごとに、この仏のようなリーダーを怒らせたり、困らせたりすることはあってはならないと思うようになりました。そういった意識の変化は営業活動にも響き、今まで以上に毎日きちんと電話かけを行い、お手紙を何通も送っていたら、いつの間にか目標をはるかに超えた成績を出すことができていました。今までにないくらい提案先が増え、心に余裕ができたからか後輩の指導にも時間を割くことができ、後輩も大きな成果を出してくれて、大達成で4月を終えることができました。たった1か月の成果ではありますが、今までの自分の営業や後輩の育成の方法を見直すには十分すぎる時間でした。

 こうして4月の活動を終え、主張の原稿を書かなければとパソコンに向かうと、この1か月で自分のネガティブさが少しマシになっているのではと思うようになりました。1番大きく変わったなと思うことは、人の成果をうらやましいと思わなくなったことです。今までは仲間が大きな成果を出した時、おめでとうと口にしつつも、自分ができていない後ろめたさや、もし自分の成績が十分にあったとしても、追いつかれたくないといった焦りがどこかにあり、素直に祝福できませんでした。しかし今は何も気にすることなくおめでとうと言うことができています。前の班の時の後輩が大きな契約を扱った時も、心の底から祝福することができました。たまたま廊下ですれ違った時にどうしてもおめでとうと伝えたくなり話しかけたら、自分の班にいる時に出してほしかったですよねと後輩に言われ、今まで頑張ってきた積み重ねが成果になっているのだから、そんなこと思わないよと咄嗟に返したものの、そういえば自分はそういうことを平気で言う人だったなと思い、私はせっかくの成果にケチをつけるような奴だったのかと反省し、そして今はそのような考えが全く出てこなくなったことに嬉しくなりました。

 もう1つ自分が変わったと思うことは、班や所属先の達成に貢献したいと強く思うようになったことです。今まではサブリーダーとしてみんなを引っ張らなければいけないとは思いつつ、コロナ禍だから出来なくても仕方ないと言い訳し、全力を出すことなんて少なかったと思います。今思い返せば、あの時もっと頑張れたと思う場面がたくさんあります。そんな私の活動を見ていて、昨年までのリーダーはどのように思っていたのだろうと苦しくなります。サブリーダーである私にもっと班を引っ張ってほしかったのではないか、コロナ禍ではあるけど最善を尽くそうよと後輩に向けて言ってほしかったのではないかと、今更になって昨年の自分の駄目さに後悔ばかりが募ります。元々私にだけ強く当たるリーダーではありましたが、それでも私のことを信頼し可愛がってくれていたことは分かっていました。私がほんの少しでも班のため、所属先のために動こうという気持ちを持っていれば結果は違ったかもしれません。今の班に異動できたのは昨年のトラブルの末に社内通報をしたからであり、それ自体は後悔していませんが、入社してからお世話になっていたリーダーに対して何も恩返しできないまま班を出ることになってしまったのは反省しなければならないと感じました。

 そして今の班に異動し、優しさは連鎖するのだと身をもって学んでいます。昨年までの指導方法しか知らないままリーダーになっていた場合、きっと後輩に対しても、どうしてこんなことも出来ないのと思うことが多かったことでしょう。今まで、サブリーダーなのだから出来て当然でしょと言われてきたので、同じように後輩に対しても出来ていないことを責め、育成を諦めていたかもしれません。今は成果を出す度に所属先全体で褒め合い、もし至らない点があっても原因を一緒に考え、その人を責めないようにする環境のため、私もまわりに優しく接し、丁寧な指導ができていると感じています。後輩も締め切り日の夜まで諦めずに活動してくれて、できることが日々増えているのがわかり、お互い成長し合える関係を築けていることがとても嬉しいです。

 今回、主張のお役目をいただいて何を話そうかとても悩んだことにより、ずっと目をそらし続けてきた自分のネガティブさをどのように改善していったらいいのか分析するキッカケになりました。今まで私は何事に対しても、かくあるべきという考え方をやめることができず、まわりにも自分にも高いハードルを課し、結局満足できずにできなかったところやしてもらえなかったことばかりに目を向けてしまっていたと思います。思い返してみれば鼓笛隊の活動でも自分に思いつくのは反省ばかりですし、他の役員さんが動いてくれたことに対してもイライラすることがかなり多く、その都度、諸先輩方から助言を受けては、素直に受け入れられず、不平不満につながっていたのだと感じました。人の性格は一朝一夕に直せるものではないと思うので、これからも私は様々な場面で後ろ向きな考えを捨てることができずに苦しむのだと思います。しかし実感とともに学んだことはきっと身になっているはずなので、まずは真面目に素直に行動し、まわりが動いてくれたこと、自分が動けたことに目を向け、少しずつでも成長していけたらと思います。

 これで私の主張を終わります。ご清聴ありがとうございました。